年越しにUnityを思う(何故だ)

ふと、ubuntu……、基、Unityのことを思い出して、Kubuntu化してしまったネットブック上のubuntuを、Unity環境で立ち上げなおして、眺めていた。

ダメだダメだと言われているし、僕もそうおもったけど、それは、一体、何故だろう?

結局、これも、タッチパネル操作なのか、キーボード&マウス操作なのかという、入力側の違いなんだけど、もう少し突っ込むと、つまり、『事あるごとにキーボードとマウスを持ち変える操作するPC』なのか、『指先だけで文字入力からポインタ操作までをシームレスにできるタッチパネル端末』なのかの違いで、つまり、マウスとキーボードを持ち変える行動をやめて、どっちかからの入力に絞ってしまえば、割とあれも使いやすいのかもしれないとおもった。(極端な話、マウスのみ、でもいい。というか、そのほうがUnityの理想に近い。)

例えば、もう、物理キーボードをシステムから廃して、マウスを2つ同時に認識できるような環境を整え、左右でマウス(……となると、相当、机の上が混乱するので、トラックボールか、トラックパット的なモノのほうが良さげではある)を持ってポインタ操作を行う、という事であれば、文字入力については、ソフトウェアキーボードを導入し、マウスで行えば、人差し指タイピングの如き不便さがありそうだけども、そこさえ克服すれば、デスクトップマシンに於いても、Unityの本領たる部分の恩恵を受けられるのではないか。

そこで、逆に、僕は、キーボードだけの操作を試してみた。そこそこいい線行くのだが、やはり、指先というポインタに特化したインターフェイスだけあって、あまり快適ではない。最低限、ウィンドウ操作(最大化、元に戻す、最小化、閉じる、など)のショートカットキーの設定を揃えてからにしないと、どうにも不便がつきまとう。

なので、僕が言いたいのは、Unityは必ずしもダメではなく、むしろ、タブレットやタッチパネル液晶の揃った環境では、僕らが思うより快適そうだという事と、そして、やはり、旧来型のデスクトップマシンには、それ向けのインターフェイスが必要で、それは、案外、旧来型のGUIで完成していたのかもしれないという事。

前者は、先まで書いた通り。後者は、UnityやGNOME3(試したんだぞ、一応)に引っ掻き回された後、XfceやKDE4のデスクトップを触れると、そのことをつくづく実感する。だからこそ、なんでデスクトップエディションとタブレットエディションを分けるくらいの手間を惜しんでしまったのかと、ubuntu開発チームの決断に首を傾げざるを得ないのだが、まあ、そこは、現役ubuntu-erの皆に委ねよう。黙って他のディストリに移民する事同様、フォーラムの掲示板なり、IRCチャンネルなりで、自分の意見を言うのも、善悪でも、義務でも、任意でもなく、ユーザとしての一つの選択肢であり、そして、姿勢だと思う。(ただし、言い方については、きちんと考えなさいよ。)

ここまで書いて、今度は、Windows8ユーザの皆が心配になり、いろいろ調べていたのだが、あれは、旧来のVistaや7っぽいデスクトップも一緒になってるんだね。だったら良かった。

っていうか、XPユーザはいい加減諦めて、何かしらにアップグレードしなさいよ。そんなところで意地張ってたって仕方ないでしょうよ。何、そんな駄々っ子みたいに。

ともあれ、色々ありますが、もう大晦日でございます。

OS、UI、その他、様々な宗派の方がいらっしゃるでしょうが、その辺の言い争いやいざこざは、ひとまずお休みして、笑顔で、新しい年を迎えましょう。

それでは、皆さま、良いお年を。