この曲がりの果てに…… Ver.3.0.1 #5

§1. Love is ……

えっと……、俺、なして、相原と一緒に寝てる? 現在、2013年8月10日、土曜日。時間は、朝の5時ちょい過ぎ。

ああ、どうもすみません。自己紹介が遅れました。ご存知、アルベルト・グロスマンでぇ……ござい……ます……。

ひとまず、じょ、状況だけ、説明させてもらっていいかな? ありのまま説明するよ? 『今朝、起きたと思ったっけ、何処だか分からん部屋のベッドで、何も着てない相原茜と一緒に添い寝してた』。……そうだね。何を言ってるか、さっぱり分からんと思うけども、僕だってねえ、何が何だか、さっぱり分からないんだ。もう頭がどうにかなりそうだもの。妄想とか夢オチとかね、そんなチャチなもんでないわけ。なまら恐ろしいもんの片鱗を味わってるんだ。要するに、そういうわけなの。ねえ。

やあ、待て。まず、僕がすべきことは、現状の把握だ。ね。そう思って、さっきから部屋を見渡してるんだけどもね、この部屋、おかしいんだよねえ。この、妙に絵画チックな壁紙は何だい? この絵は、何処の海岸だろうねえ? んで、内装の細部に至るまで、いちいち落ち着かないんだ。ベッドの真横に鏡張りの壁があったりね、それから……あれ? あのガラス張りのブース、まさか、風呂か? おい、ちょっと待て。ここ、ラブホでないのか? ああ、そうだ。しかも、吉祥寺の、自由の女神像でお馴染みの、あそこだ……。

だとすると、なおさら、訳が分からん。どうして、ラブホの一室で、お互い、何も着てない僕と相原茜が一緒に寝てるの? しかも、俺、腕枕とかしてるし。……ていうか、こいつ、本当に何も着てないのか? ……ちょっと失礼。布団を捲って、確認。……いや、ホントに何も着てねえ。……胸ちっちゃいけど、カワイイな。

いやいや、そんなことを言ってる場合じゃないんだ。思いだせ。なして、こんなことになってる? ……うぅん、ダメだなあ。ぼんやりとした画は思い出せるんだけど、事の経緯が、まるで思い出せない。

「んん……」

あ。やべ。こいつ、起きる。そっと布団を戻す。

「おはよう、アルさん」

お、おはよう。とりあえず、笑顔で挨拶をしてみたりすると、彼女は、何を思ったか、俺の唇にキスをしてきた。

「んふ」

なまらカワイイ。……って、違う。お、お前も、『んふ』でないのよ。その、いきなり、き、キスって……。戸惑う僕に、悪戯な笑みを浮かべた彼女が言う。

「あんなことしておいて、キスくらいで何を」

あ……、『あんなこと』……?

「んん? ……覚えてないなんてこと、ないよね?」

まさか、覚えてませんなどとは、決して言える雰囲気でない。思いだせ。思いだせ、俺。

§1.1. やったぜ! これだよ!

2013年8月9日金曜日、夕方5時。僕こと、アルベルト・グロスマンは、吉祥寺の、いつもの髭の店にいた。

「お前、今日、車だろ?」

心配する髭。その理由は、今、僕の手に握られているグラスにあった。中身は、アイスコーヒーでも何でも無く、コーラのジャック・ダニエル割りである。

大丈夫だ。今日はねえ、帰るつもりなんかないよ。朝まで、死ぬまで飲んでやるんだぁ。

「お前、何いってんだ? 深夜2時で閉めるぞ?」

ああ、閉めてごらんよ。あんたがいなくなった間にねえ、冷蔵庫の酒とつまみは、全部、俺が片付けてやるよお。

「死ぬまで飲むとか言ってるくせに、つまみなんかこだわってんじゃねえよ、まったく……。何があったんだ? 言ってみろ」

こんな無能な髭面に相談したところで、どうなるもんでもないんだけどもね、しかし、まあ、愚痴を零す相手としては良いだろうと、彼に話してしまうことにした。

実は、ついさっき、友里に会いに行って、明日、つまり、8月10日、どっかに遊びに行かんかと誘った。

去年までは、お盆休みなんか取れた試しがなかったのだが、今年は、なんでかしらんけど、綺麗に一週間、スケジュールが空いた。なので、その初日に、友里とデートがしたいと、そう思ったわけ。

で、誘ったっけ、友里が、こう言うんだ。『夏コミの準備で忙しいから……』。そう。つまり、断られたわけだ。

この時、僕ぁ、これまでにないくらい、絶望していてね。というのもさ、デートに誘って断られるという、この流れ、友里と再会してから、すでに、五回目だったわけね。それも、全部、同人系イベント、即売会を理由に。

まあ、分かるよ? 忙しいのは分かる。分かるけどもだ、まどマギオンリー、艦これオンリー、東方系イベントなどなど、何度も理由を付けられてね、断られ続けるのにもね、さすがに、疲れたわけ……。何だい? 僕ぁ、あれかい?と。薄い本以下かい?と。

でも、皆は、きっと、言うだろうさ。まだ五回目じゃねえかと。しかし、僕ぁ、高校時代から、彼女に接し続けているんだ。しかし、ことごとく、遠ざけられているわけでね。朝の挨拶をしては無視され、話しかけては逃げられ、挙句の果てには、回した学校のプリントさえ受け取りを拒まれ。

今までは、それが、彼女のコミュニケーション障害のせいだと思い込もうとしていた。しかし、こうまで遠ざけられると、いよいよ脈がないねと、嫌われてるんだよね、きっと……と、そうなるわけだ。

それで、ついにね、全てを諦める決意をしてだ、こうして、やけ酒をかっくらいに来たと、そういうわけ。分かったかい? マスター。

「ああ……。なるほどなあ……。気持ちは分かるが、店は閉めさせてくれ」

何? この……。閉めさせねえっつってんだろ。いや、閉めてもいいけど、僕は飲むぞと、そう言ってるんだ。僕を無碍に追い出してみろ? ここのマスターは、深夜の店の中に、女子中学生、女子高校生を連れ込んで、いやらしいことをしてるって、言いふらしてやるからな。

「脅迫か? おい。やめろよ……」

そんなこんなで、傷心の最中、僕ぁ、酒を飲んでいたわけである。

「こんばんは!」

そこに現れたのは、沙織さんの会社の同期で、御手洗くんの元同級生の、相原茜。よ、よう……。

「ふん!」

相原は、とにかく、不機嫌。なした? と聞けるような空気でもなく、どうすっかな、これと思っていたところに、彼女は、僕のグラスに目をつけ、次の瞬間、グラスを奪い取り、一気に飲み干し、そして……、

「ごほっ、げふん!」

咽る。

「ちょっ……、ちょっと! これ、お酒じゃないのよ! アイスコーヒーじゃないの?」

君が確かめもせんで、勝手に飲むのが悪い。そうだ。酒だ。コーラのジャック・ダニエル割りだ。

「……ああ、ダニエル・アンド・コークってやつね……」

違う。ダニエル・アンド・コークは、ジャック・ダニエルのコーラ割り。

「じゃあ、これは?」

コーラのジャック・ダニエル割り。

「いや、バカじゃないの? そんなの、『おおよそジャック・ダニエル』じゃない……。ああ、なんか、頭がくらくらしてきたあ……」

まあ、そうとも言うね。……ところで、おい、相原茜。お前、なした? 随分、荒れてる風だけども。

「いや、そ、そのねえ……。いろいろあったのよ……」

いろいろかい? 言ってごらんよお。促すと、彼女は、口を尖らせながら、今日、彼女の携帯電話に届いた、2通のEメールの話を始めた。……ああ、髭。僕に、ワインかなんかちょうだい。後、アメリカンクラブサンド。

「まずは、秋坂から、『御手洗先輩に彼女が!』とかいう、アホみたいなタイトルのメールが届いたの。まさかと思ったんだけど、内容を読むとね、相手は、彼と同じ情報処理学科の3つ下の女の子で、昨日から付き合い始めたらしいのよ」

ああ。それで?

「そうしたら、今度は、御手洗くん本人からメールが来てさ、『彼女が出来ました!』って、アホみたいどころか、アホ丸出しなメールが来たわけ。なんでも、秋坂のメールの通り、同じ学科で、同じゼミの、3つ下の女の子から告白されて、付き合い始めたらしいのね。そんで、なんか、その子と仲良さ気に肩なんか組んでる写真もついて来て……」

ちなみに、どんな娘よ?

「いかにも、あいつが好きそうな、巨乳の女の子。バカじゃないの? あんな脂肪の塊に騙されて」

彼女が、こんなことで怒りを顕にするには理由が有り、

「私が、先週くらい、冗談めかして、『私たち、付き合わない?』みたいなこと言った時にさ、あのバカ、『や。ごめん。俺、Dカップ未満は、女子として見れない』とか、真顔で言いやがってさ! そして、当てつけよろしく、巨乳の下級生! こっちは、いろいろ気にかけて、心配してやってんのにさあ、てめえは、巨乳女子とぱふぱふしてやがんのか、こら! とか思ったら、なんか、虚しくなっちゃってさあ……。もう、あんな男、どうでもいいや的なね……」

そうか。そんなことがあったんだね。御手洗に彼女か……。

「マスター。私にも、ワインちょうだい。……甘口なのが良いな」

「おう。……しかし、揃いも揃って、傷心組で飲み会か」

「……傷心組?」

「ああ、アルもアルでよ……」

そうして、僕の傷心の記録までもが、この髭によって、勝手に言いふらされてしまう。

「そうなの……? アルさんでも、失恋とかするんだ?」

君は、俺を、何だと思ってんのよ。当たり前だろ? 失恋くらいするわ。

「いやあ、まあ、もちろん、だろうとは思うけど、アルさんくらいになると、恋愛もイージーモードなのかなとか」

そんなわけに行くか。なまらフラれまくってるわ。

「そんで、アルさんも、諦めちゃうわけ?」

さすがにね、相手に、こうまで拒否されてしまったら、手の打ちようもないしょ、だって……。

「ほい、ワイン、おまたせ」

ちょうど、僕らのワインが同時に出てくる。じゃじゃじゃじゃあ、相原。乾杯でもしとくか?

「そうだね。……じゃあ……、お互い、まだ見ぬ、新しい恋への門出を祝って、乾杯」

はい。乾杯。

と、こんな調子で、僕らは、酒を飲み交わし始め、小一時間ほど経つと、二人して、いい感じに酔っ払い始めるわけだ。そうすると、相原が、ちょっと弱気なモードに入ったりなんかして、

「ねえ……。やっぱり、胸がないとダメなのかなあ……」

なんてバカなことを聞いてくるんでね、僕ぁ、ビシィッと言ってやるわけ。バカ言うなと。そんな胸しか見てないバカの言うことなんか気にすることないんだと。大体、そんなこと関係なしに可愛いし、秋坂は秋坂で、『悪魔』だの、『呪われる』だの、好き勝手言ってたけどもさ、本当の相原は、優しい子なんだと思うよ? あれが、御手洗でなくて、普通の男だったら、まず最初に、君に恋に落ちるよ。そうだろ? そうでなかったらおかしいもの。

「で、でも、そんなこと言うけど、じゃあ、こんなにぺったんこでも、気にならない?」

ならないね。いや、むしろ、気にならないどころか、それも含めて愛おしくなるよ。そうならんかったら、おかしいって。

「ホント……?」

ホントだっつってんだ。言っとくけど、君、あれだからな? 君自身はどう思ってるかしらんけど、相当、美人だし、可愛いからな。

「あ、ありがと……」

ありがとうも何もねえ、僕ぁ、ホントのことを言っただけだから、別に、いいんだけどもさ。

「うんっ」

そんで、ちょっとばかし機嫌の直った相原と僕は、もう少し酒を飲み続け、いよいよ酔いが回りきって来た頃に、相原は、

「私、今、すっごいこと思いついちゃった」

と笑顔で言い出すわけ。何を思いついたの? 言ってごらんよ。

「んふ。あのね、私とアルさんで付き合っちゃえば良いんだよ」

それは、僕にとっても、悪い提案ではない。しかし、君ねえ、そんな、酔っ払った勢いでねえ、人をからかうようなことをさあ……と言いかけると、

「からかってなんかないもん」

彼女はふくれてみせ、そして、

「なんだったら、これから、私の本気度合い、見せてあげようか?」

などと言うものだから、僕も、つい、うっかり、おお、面白いじゃないか。見せてごらんなさいよお。ねえ。君が本気だって言うならねえ、僕にだって、それを受け止めるだけの甲斐性はあるつもりだぞお。なぁんて返してしまったもんだから、

「ホント? じゃあ、これから、見せてあげるから、行こうよ」

何処に行こうというのか、この時は、さっぱり分からんかったんだけども、望むところだと、飲み代の精算を済ませて、おぉい、髭。悪いけど、車置いて行くぞ。キーも置いとくぞお。なんて言いながらね、店を出たわけ。

で、店を出て、吉祥寺通りを横断し、駅前を通りぬけ、線路沿いを歩いてきたと思ったら、このホテルの前に。

この時点で、いろいろ言おうとしたこともあるのだが、ここまでに交わした会話を、冷静に振り返ってみれば、全ては、こうなるべくしてなった部分もある、いや、そんな部分しかない。さらには、思わず足を止めてしまった僕に、上目遣いで、

「嫌……?」

と潤んだ瞳を向ける彼女を、ここで突き放してしまったら傷つけてしまうんだろうかとか、あれこれ考えて、結局、入ることにした。

ホテルのエントランス、例のボードで部屋を選び、鍵を受け取って、部屋にまでやってきても、なお、相原なら、『なぁんちゃって! 冗談でした!』なんてオチも用意し得るし、まあ、それにしても、その程度の冗談なら許そう、などと思っていたわけなんだけども、僕が部屋のテーブルに鍵を置くのと同時に、持っていたバッグを床に置いた彼女が、

「シャ……、シャワー、一緒に、浴びよう……か……?」

と、真っ赤な顔をして言った瞬間、ああ、これは本気なんだと悟り、腹をくくって、彼女の『本気度合い』を受け止めるべく……。


そうそう。そんなこんなで、エッチをしたと、そういうわけなの。ねえ。

「もしかして、思い出したくなかった……?」

そんなわけないだろ。言ったろ? 受け止める甲斐性くらい持ってるって。

「そうだけど、実は、後悔したりしてるのかな、なんて……さ……」

後悔なんかしないよ。

「だったら、あれも、真に受けちゃっていい……?」

あれって、何だい?

「あの、昨日の晩、二人で一緒にイク寸前に……『茜……、好きだ……っ』て、言ってくれたの……」

君は、随分、はっきりと、そんな恥ずかしい場面を覚えてるじゃないか……。も、もちろん、真に受けてもらっていいしねえ、そうしてもらわないとねえ、そんな恥ずかしい告白をしてしまった僕が、ただただ、いたたまれない人になってしまうでしょう。

「えへへ」

じゃあ、その後の君の、『私も……、私も、好きぃっ……!』というのも、真に受けていいね?

「うんっ」

いや、仕返しに恥ずかしがらせてやろうと思ったのに、そんなに素敵な笑顔で返すな。キュンとする。そんな心の反応よりも走り気味のタイム感で、彼女の上に覆いかぶさった僕は、思わず、彼女にキスをしていた。

「ん……っ。ダメだよ、アルさん……」

何でよ。

「こんなふうにキスされると、また、我慢できなくなっちゃう……」

ベッドに付いた時計に目をやる。5時半。チェックアウトは9時。……我慢しなくても平気そうだけども……。

「じゃあ、もう一度……、する?」

§1.2. エンジンを回せ! 吹き飛ばそうぜ!

えっと、あたしは、朝から、秋坂春美と、えらいことになってます……。

ああ、その、みんな、ごめん。あたし、あたし。そう。設楽絵里。うん。そうなんだよ。とりあえず、ざっくり、現状から説明するわ。うんとね……、『あれよあれよという間に、軽く酔っ払ってた秋坂春美とレズエッチしてた』。うん。意味不明。だって、あたし自身、何が何だか分かってないもん。その、何だろ。幻覚とか超スピードとか、もちろん、そんな、少年漫画雑誌のバトル物みたいなこたぁないんだけど、もっといやらしい、18禁ウェブ小説の片鱗を味わってたぜ。

というわけで、秋坂さん。……秋坂さん?

「むう」

な、何ふくれてんの? ぶつよ?

「春美って呼んでくれなきゃやだ」

まだ酔っ払ってんの? 一晩明けてんだよ? そもそも、あんなに、あたしのことを激しく犯しておいて、何だ? その言い草は。

「とかいいながら、絵里ちゃんだって、あんなに可愛い声出して、トロットロになってたじゃん! もう、糸引いてたじゃん!」

ヤメテ。それは言わないで。

「大体、絵里ちゃんが優し過ぎるのがいけないんだ」

ここに至るまでに何があったかというと、昨日、2013年8月9日、夕方6時頃。吉祥寺の駅前を、千鳥足で、泣きながら歩いている秋坂……、

「は・る・み!」

分かったよ、もう……。え、えっと、その、泣きながら歩いていた春美の姿を見つけて、声を掛けた。それで、事情を聞くと、どうも、御手洗に彼女ができたらしい。もちろん、それは、相原茜さんでもなく、春美でもない、よく知らない女の子らしいんだけど、話に聞くところによると、Fカップ巨乳のいけすかない女らしい。ちなみに、あたしはEカップなんだけど、その1カップ差の間に、一体、何の違いが?

「絵里ちゃんのは、感度がよくて、可愛いからいいの」

ごめん。まるで分かんないや。ともかく、登場2話目にして、いきなり失恋してしまった春美は、学校のサークルの練習の帰りに、コンビニで缶酎ハイを買って、一気飲みした挙句に、ああして、駅前を徘徊していたらしい。

気持ちは分かるけど、あまりにも危険だと、無防備過ぎると、心配になったあたしは、彼女の傍についていてやることにした。

それで、井の頭公園まで行って、散歩しながら、彼女の愚痴を聞いてあげたり、なんだかんだ、いろいろしているうちに、そろそろ空が暗くなってきて、外にいても危ないしなんて思ってたら、春美が言うわけ。『私のうちに来てくれない……?』。

あの時は、まさか、こんなことになるとは思ってないし、それに、一人で放っておくと、ヤケ起こして何するか分かんなくて危なそうだし、それじゃあ、お邪魔しようかな、なんつって、駅からバスに乗って10分くらいのところにある、彼女のアパートまで一緒に来たのね。

で、最初は、来たはいいけど、どうするかなあって考えて、まあ、何か食べて、お腹が満たされたら落ち着くかも知んないとか思って、晩ご飯作ってやろうと、キッチンに立って、支度を始めたの。

あたし、料理は得意じゃないけど、チャーハンくらいなら作れるから、それこそ、もう、『チャーハンつくるよ!』なんか言いつつ、中華鍋片手に、炊いてあったお米と、冷蔵庫の余り物使って、パッと作って、出してあげたわけ。

そんで、一緒に晩ご飯にして、食後は、小さめの音でラジオなんか流しながら、隣に寄り添っててやったわけよ。

そうしたらさ、それまで、黙ってた春美が、急に、『絵里ちゃん……』なんて呼ぶもんだから、なぁに? って振り向いたらさ、突然、そう、突然よ! いきなり、き、キスとかしてくんの! アルっぽい調子で言うなら、振り向いたっけ、唇奪われて、もうパニックさ!

ななな、なに! 何? 何で、キス! みたいに、もう、大慌て。でも、当の春美は、ものすごいとろんとした目で、あたしのことを見てるんだよね。何? 何なの? って聞こうと思ったら、今度は、床の上に組み伏せられてさ……。

でも、あたし、こう見えても(どう見えて?)、高校時代は、武闘派パンク系美少女で通ってたから、腕力には自身があったんで、逃げてやろうと思ったの。だけど、ずるいんだ。春美ってば、あたしの耳元に息を吹きかけてきてさ、思わず力が抜けちゃったところに、私の身体をまさぐり始めてさ……。

さすがに、調子に乗り過ぎだと、こいつ、叱ってやろうって思って、『秋坂!』って呼びながら、顔を上げさせたらさ、な、泣いてんだよね……。下唇噛み締めながら、ボロッボロ、泣いてるわけ。

それ見てたら、なんか、可哀想になっちゃってさ……。そしたら、もう、あんたが、それで落ち着くなら、好きにさせてあげるよって……。その代わり、痛いこととか、危ないことはしないでよねって言ったら、素直に頷いたから、ベッドの上に移動してさ、したいようにさせてあげてたんだよ……。

ただ、最初は、されるがままになってやってたんだけど、やられっぱなしってのも癪なんで、こっちからもいろいろしてたら、盛り上がっちゃってさ……。まあ、実のところ、激しく犯された、なんてのは、最初の方だけで、途中からは、あたしも、こう、ノッてきな的なノリが出てきちゃってさ、すっかり熱くなっちゃって、気がついたら、二人で、何にも着ないままで、寝落ちしちゃってて……、それで、目が覚めたら今朝だよ。

「絵里ちゃん、怒ってる……?」

いや、もう、別に、怒ってないけどさ……。要するに、あんたは、あんな無茶苦茶してでも、いろいろ忘れたかったんでしょ?

「うん……。最初はね、絵里ちゃんが受け止めてくれるのをいいことに……」

んん? 『最初は』? 聞き返すと、彼女は、頬を赤らめながら、言った。

「途中から、絵里ちゃんの方からもしてくれるようになったじゃない……? その時にさ、耳元で名前呼ばれながら、『痛くない? ここ、気持ちいい? 全部、委ねちゃっていいよ』って優しくされてるうちに、だんだん、その……」

口ごもる春美。何? 最後まで言ってみて?

「そ……、その、絵里ちゃんのことが好きになってきちゃって……」

爆弾発言、来たな、これ……。言葉の続きを待っていると、彼女は、だんだん、鼻声になる。

「でも……、そんなの、気持ち悪いよね……?」

や、やめてよ……。泣きそうな顔しながら、そんなこと言わないで……。

実際のところ、別に、そんな、気持ち悪いとかはない。中学、高校と、その、あまりにも武闘派で男前な日常から、女の子に惚れられてしまうことも数多く、さらに、正直に言うと、その中で、何人か、お付き合いをしたことがあるし、こういう身体の関係も持ったことがある。

だから、ちっとも気持ち悪くなんかないよと、抱きしめてやると、彼女は、潤んだ瞳で、

「ホントに……? 後悔とかしてない……?」

なんて聞いてくる。後悔なんかするくらいなら、あんたのこと蹴飛ばしてでも、部屋を出て行ってたよ。

「絵里ちゃん……」

だから、もう、泣かないで。それに、春美の方が歳上なんだから、もっと、しっかりして。

「でも、絵里ちゃんのほうが、胸、大きい……」

おい、そこか? 基準。なんて話をしていると、あたしの膝にとろっとした感触。……春美?

「なっ、な、何も、してないよ……っ」

春美の言葉と裏腹に、その蕩けるような感触は、あたしの膝から太ももを行き来し、春美自身の息も荒くなってくる。ふふん。ちょっと意地悪してやろっかな。太ももを後ろに引いて春美から離す。

「えぅ……、え、絵里ちゃん……」

何もしてないんでしょ? だったら、ねえ?

「意地悪しないでよぅ……」

あ。今度は、自分の指でし始めた。その手も掴み上げてやる。

「やぁっ……」

涙がこぼれ出しそうな瞳。切ない吐息。何? コソコソしないで、素直になれば、してあげるよ?

「うぅ……」

ほら。何をしてほしいの? 何処をどうしてほしい?

「どことか……、違うのぉ……」

ふふ。じゃあ、何? 言ってごらん?

「絵里ちゃんにね……」

うん。あたしに、何?

「絵里ちゃんに、触って欲しいの……」

いや、なんまら可愛いものなあ! ……っと、アルの口調が感染ってきた……。

「ねえ……、お願い……っ」

うん。じゃあ、もう一回、しよう。

§2. the source of infection

2013年8月10日、土曜日の正午は、

「茜。したっけ、この後、どうする?」

「ドライブ!」

なんとも意外な組み合わせの男女が織りなす、

「春美。このケーキ、マジうまい。ほら」

「んぐ。……ほほぉ、おいひい!」

異様な光景と、

「……」

「え……、ええ……?」

軽いめまいを連れて、うちの店、カフェ・マグネティックフィールドにもやってきた……。

「いやいやいや! ねえ、みんな、待って! 何? そ、そういうことになったの?」

違和感に惑わされっぱなしの沙織が問うと、二組のカップルは、それぞれ、顔を見合わせてから、

「そうだけど」

ごく普通のテンションで、さらっと返してきやがる。

「なになに? 昨日一日で、何があったの! 茜! 一体、アルさんに、何をされたの!」

「な、『何』っていうか、その、『ナニ』っていうか……」

「なっ……、『ナニ』!」

「ちょ、ちょっと、そんな大きな声で言わないでよ。恥ずかしい……」

「沙織さんはねえ、もう少し、恥じらいを持ったほうがいいと思う」

「いやああ、うるさい! この、エロモジャ毛! エロベルト・エロスマン!」

「おい、二度と『エロベルト・エロスマン』って言うな」

「絵里ちゃんは、春美ちゃんに何をしたのよ!」

「レズセックス」

「うわあああ!」

「いや、絵里、大胆」

「でも、最初は、春美が迫ってきたんだよ」

「秋坂、やるぅ!」

「てへっ」

「『てへっ』じゃないし! こんな、白昼堂々、レズセックスとか言うな!」

そろそろ、沙織一人のツッコミでは追いつかなくなってくる。

「ああ、もう、助けて!」

「どしたの? 沙織さん。落ち着こうよ」

「どうしたも、こうしたも、私は、今、できることならね、この場で、ぐるんぐるんと回りたいんだよ! 宙返りがしたいんだよ!」

「あぶねえって。頭打つぞ? そんなことしたら」

「だから、助けなさいっつってんでしょうが!」

「だからって、そもそも、どうして宙返り?」

「知らねえよ!」

ついに限界を感じた沙織は、小津に助けを求める。

「ねえ? 小津くん! これ、どう思う!」

しかし、当の小津はというと、

「え? な、何……?」

一人、カウンター席に、おとなしく腰を下ろしながら、ものすごい前傾姿勢を取って、不動の状態を貫いている。いや、お前、どうした?

「体温が上がってきてよ、もうそろそろ105度に届きそうだぜ」

ははぁん。『105度』っつうのはあれだな? 体温じゃなくて、角度だな? そうなんだな? いやあ、羨ましいなあ。おっさん、もう、『ナニ』とか、『レズセックス』とかじゃ、そんなになんねえもんなあ……。若いっていいなあ。

「おい、なした? 小津。お前、大丈夫か?」

「大丈夫じゃねえから、童貞の前での猥談はやめろっつってんだよ」

「いや、べ、別に、僕らが悪いわけじゃあないんだあ」

「誰が悪ぃんだ?」

「それは、ほら、あれさ。ラブ・イズ・ザ・ソース・オブ・インフェクションさ」

「ヴァン・ヘイレンか!」

愛は諸悪の根源だ、ってか。わけの分かんねえこと言うなよ、バカ。

「おっと? ちょ、ちょっとストップ」

そこで、設楽が、おもむろに手を上げた。

「今、なんて言った? ちょ、ちょっと、もう一回、言って?」

「んん? 『ラブ・イズ・ザ・ソース・オブ・インフェクション』かい?」

すると、彼女は、カウンターの内側からメモとペンを奪い、書き留め、じっと眺めている。そんなもん、カタカナの字面でパッと見たって、どうってものでもないはずなんだけど。そこに気づいたアルが、メモとペンに手を伸ばし、

「アルファベットで書くと、こうだわ」

(Love is the source of infection)

と書きなおしてやる。すると、設楽の手に戻ったメモ帳の上で、『Love is』が二重の取り消し線で消される。残った文字を見て、彼女は言った。

「これを、バンド名とする!」

アルと小津は、その場で、片や、立ち尽くし、もう片や、前傾姿勢のまま、考える。

「ま、まあ、それもいいかもしれないね……」

「そ、そうだな……。よし。そうしよう」

この時、或る男が呟いた。バンド名を決める話は、別に書こうと思ってたのに……。しかし、彼らは、そんな思惑など知る由もなく、次へ、次へと、進んでいくのである。

「したっけ、あの、巨乳好きにもメールしとくかい?」

「しねえわけいかねえだろうな」

おまけ: 小津くんと鈴木さん

「つまり、ああ、そういうことなのね……?」

そうして、やっと、小津と沙織の二人にも事情が明かされ、ワケが分からないまま蚊帳の外に置かれ、ただただ、乱暴にツッコミを入れるしかなくなっていた沙織も落ち着いた。

「でも、そ、そっかあ……。そうなんだあ……」

二組のカップルを交互に見つつ、

「女の子同士っていうのも興味深いけど、アルさんと茜っていう組み合わせも予想外だったなあ……。ああ、どっちからイジればいいんだろう……」

とてもお気楽なことで悩み始めた沙織。

「いや、しかし、絵里と秋坂は、俺もびっくりしたな。なまら驚いた」

「二人は、付き合うの?」

「もちろん。やり逃げとか、あたしの性に合わないし」

「絵里は、さすが、何て言うんだろう、男らしいよね」

「や。でも、ベッドの上では可愛いですよ」

「マジで?」

そんな話をぶり返したら、小津がまた大変なことに。懸命な男性読者のみんなは思っただろう。だが、心配ご無用。小津は、すでに、耐え切れなくなって、トイレに駆け込んだ。この、片割れ不在の状況で、小津、沙織カップルの今後の話になった。

「ていうかさあ、沙織さんと小津くんは、何もないわけ?」

「だよな? あいつ、さっき、ついに、童貞だとか告白しちゃったけどもさ」

「いや、私たちは、その雰囲気とか、空気とか、そういうのが整ってからね……」

照れくさそうに言った沙織。しかし、首を傾げたアルは、

「どうだべ?」

「え?」

今後の小津が取りうる、最悪のシナリオを予想してみせる。

「いや、そんなに焦らしっちゃうとねえ、そのうち、あいつ、浮気とかさあ……」

「浮気……?」

「『沙織のことは好きだけど、目の前で服を脱いで、俺を求めてくれるこの娘(浮気相手)を逃すわけにはいかん』とねえ……」

「そ……、小津くんは、そんな……」

「やあ、もちろん、童貞だしね、そんなの、一番最初は、えらい恥ずかしい失敗をして、君のところに帰ってくるんだろうけどもさ」

この後の、アルの最悪の予想は、こうだ。

一人目の浮気相手には、最初の失敗もあって、すぐにフラれ、戻ってくる。しかし、あまりにも、すぐに戻ってしまったせいで、一度目の浮気に気づけず、鈴木沙織、スルー。しかし、二度目の浮気は、そこそこ上手くいって、付き合いが長くなってしまう可能性は高い。

「その時にねえ、もう、そっちの子とさ、君以上に親密になってしまうことだって、あるわけだあ」

「う……」

そうなったら、『可愛いけどいまいち親密になれない鈴木沙織』よりも、『親密になって、離れがたくなった浮気相手』を選ぶ可能性は、どう考えても、50%より少なくは見積もれない。

「君を応援してやりたい気持ちはあるけどもねえ、当の小津にそう言われてしまったら、僕らは何も言えないよ」

「そ、そんなあ!」

なんていう、勝手な想像を展開されているところに、

「いや、マスター、俺、やべえ。超死にたい」

賢者モードすら通り越して、ここではないどこかに旅立とうとしている小津が帰ってきた。

「小津くん!」

「おわっ? ど、どうした? 沙織!」

あんな話を聞かされ、割りと正直に真に受けてしまった沙織は、猛烈な勢いで小津に飛びつき、抱きつく。

「え、な、なんだろ、沙織、今日、近くねえ? 何だ、なんかあったのか?」

「私、小津くんの事好きだから! 大好きだから!」

「ちょ……、おま……、急に、何を……」

結局、小津が、事の真相を知ることは、今日一日、なかったが、他の四人は、その光景を、生暖かく見守って……いるだけで済むわけがなかった。仲睦まじい二人の後ろから、アルが言う。

「ああ。やべえ! そしたら、小津に、あれさ、ゴム買ってきてやらんといかんかったな!」

「そうだよ! 順番違うよ、アルさん!」

「いやあ、すまんかった、小津! あのな、俺、今から、買ってくるから! あれだな? 12個入りでいいな?」

「一箱じゃ足んないよ。あたしもお金出すから、二箱買ってきてあげて」

「いや、絵里、お前、なまら優しいな! ありがとう! じゃあ、小津、あれだな? 極薄でいいな? お前、付け方分かるか? あれ、難しいからな!」

「何処で買ってくるんですか?」

「そんなもん、ビシィッと、薬局で買ってくるわ」

「ちゃんと、プレゼント用の包装もしてもらってね」

「オッケー、分かった。もう、なまら豪華にしてもらってくる。……包装は、あれか? 紫でいいな? すごいぞ、お前。なんつったって、パープルだからな!」

この辺りで、小津がキレる。

「お前ら、コノヤロウ! 何で、この場面で、ゴムとか、極薄とか、パープルとか、バカヤロウ! そんな包装までやってくれる薬局、見たことねえよ! つうか、包装の色なんかどうでもいいし、紫がパープルなのは当たり前だろうがよ!」

そして、もう一人、沙織は……、

「みんな、何で、そんなに意地悪するの! ばかー!」

大泣きである。

「ちょっ、さ、沙織……」

「おい、小津、お前、泣かすなって」

「てめえらだろうがよ!」

さすがに、罪悪感の芽生えた四人は、土下座までして沙織を宥め、事を収めたのだった。