この曲がりの果てに…… Ver.3.0.1 #2

Deceiver ——欺き続けた自分自身に——

「あ、アルぅ?」

「おう。遅えじゃねえかよ」

土曜の午前中、吉祥寺にある、カフェ・マグネティックフィールドという、ヘンテコな名前の喫茶店に呼ばれたあたし、設楽絵里。呼んだのは、アルベルト・グロスマンだ。

「いらっしゃい」

店の主と思しき人物は、髭面で、ボサッというか、モサッというか、何にしても、うっとおしい印象の、不惑半ばの男性である。

「楽器、持ってきたかい?」

「あ、うん」

呼ばれた用件は、予てから口にしていた「楽器のメンテナンスをしてやる」だったので、そのつもりで、家にあるエレキベース三本を、全部持ってきた。もちろん、三本のエレキベースを背負って、スーパーカブの運転を安定させる自信がなかったため、電車と徒歩で、ここまで来た。

「おお。そりゃ悪いな。帰りは、車で乗っけてってやるから」

「ん。お願い」

しかし、こんな店のどこで楽器のメンテナンスなんかする気なのかと思って、店の中を見回すと、テーブル席の奥の方に、小さなステージがあり、その上には、楽器や音楽の機材が並んでいる。何? この店。

「このマスターも音楽好きでね、週末ともなると、そこで、アコースティックライブやったりしてんのよ」

「へえ……」

「っというわけで、この店なら、気兼ねなく、楽器を広げられるわけ」

アルは、カバンの中から、テーブルに敷く楽器の保護シートと、楽器を寝かせた時にネックを載せておく台(これの正式名称、なんて言うんだろう? ネック台? ネックピロー? 楽器屋さんでよく見るヤツ)を取り出し、カウンター席の端の方で広げ始めた。

いくら、そういうお店だからって、いきなりそれはマズイんじゃないか。マスターから怒られやしないかと、ハラハラしながら見ていると、あたしの楽器がケースから出た途端、マスターが、こちらにやってきた。ほら。さすがに怒られるって!

「おお? フェンダーUSAか」

怒れ! 何感心しちゃってんのよ! 怒りなさいよ! 喫茶店で楽器広げてんだよ? 怒ろうよ、そこは! あたしの気遣いと裏腹に、マスターは、楽器を覗き込みながら、綺麗な楽器だとか言いながら、ベースの替え弦を差し出してきたりと、ノリノリである。

「んん。ネックは平気そうだねえ」

「捩れもなしか?」

「ああ。平気だ。まだ新しいからか、フレットも減ってないし……。弦高調整とオクターブチューニングだけで済みそうだ。……ああ、マスター、オリジナルブレンド、もう一杯」

「おう。そっちの彼女は?」

「あ、あたしもそれで」

「おうよ」

そして、弦をゆるめ、ブリッヂのコマに付いてるネジを、細い六角レンチで回しながら、アルが、ああ、そうだ、そう言えばと、メンバー探しの話を持ちだしてきた。

「君、ニッケルアイゼンってバンド、知ってるかい?」

彼が出してきたのは、東京多摩地区を拠点にする、もとい、していた、これもまたヘヴィーメタルバンドの名前だ。

「知ってるけど……」

「ああ、そう。そこでギター弾きながら歌ってた、小津武彦っていうのがさあ、今、一人らしいんだわ」

吉祥寺より都心部から神奈川、千葉辺りのライブハウスで名を馳せていたというアルのバンドに対し、ニッケルアイゼンは、あたしの活動エリアと被る、東京都下、つまり、多摩地区一帯と埼玉の所沢近辺のライブハウスで有名なバンドだ。

しかし、そこのバンドは、確か、バンドのリードギタリストとベーシスト、それに、ドラマー、つまり、小津武彦以外の全員が、大麻だかなんだかを使用していたとかで、警察に捕まり、それ以来、解散してしまったはずだ。

「おお。よく知ってるじゃないか。でね、彼を誘おうと思うんだけど、一つ、問題があるんだな」

「問題?」

「ああ、そうだ」

「して、その問題とは?」

「……どこにいるんだかが分からん」

もう、出だしの出だしで躓いてる……。野球で言うなら、一回の表、一番打者凡退の上で、審判に抗議中の暴言により監督退場、みたいな状況だ。

「熱いねえ。今時、中畑清ぐらいだぞ? 判定抗議で退場なんて」

呑気なことを言ってる場合か。と思った次に、あたしの脳裏に疑問が浮かんだ。それは、果たして、アルは、小津武彦と面識があるのだろうか。……迷わず、聞いてみた。すると、満面の笑みで、

「ないよ」

こいつを蹴飛ばしたい。足蹴にしたい。こいつを床に寝かせて、その顔面を、上から、思い切り踏んづけたい。これでもか、これでもかと、執拗に、力任せに……。

「君は、随分、怖いことを言うじゃないか。ええ? そんな事されたら死んじゃうべや」

「殺してやりたいっつってんだよ」

「おいおい。やめてくれよ。僕ぁ、そんな死に方したくないよ」

「だったら、真面目にやれっつってんの!」

「いや、しかし、あれだよ? 君。バンドのメンバー探しなんて、見ず知らずから始まることなんか、ザラなんだぜ」

「そりゃ分かってるけど、自信満々に誘う気でいるから、面識ぐらいあると思うじゃない」

「ああ、そうかい? それがねえ、ないの」

「よし。お前、工具を置いて、すぐ、そこに寝ろ」

「ふざけんな。寝ねえっつってんだ。友里に言い付けんぞ」

「クソッ。姉ちゃんだったら、あっさりあんたの側に付きそうだ……」

「僕だって、ふざけてるつもりじゃないんだよ。ただ、その、面識のない小津武彦を、誘ってみるつもりでいるんだけど、どうかなあ?っていう相談をだ、今、してるわけ」

ニッケルアイゼンか。あたしも、二回くらい、当時組んでいたパンクバンドのメンバーに誘われて、新所沢のライブハウスで、ニッケルアイゼンのライブを観たことがある。ただ、その時の印象は、今思い返すと、アルの弾き語りのそれほど、インパクトもなかったし、速くて音がデカくて、それなりに激しいけど、さほど上手いとか心揺さぶるようなものはなかったなあ……。

「それは、他のメンバーがアレだからだろ。小津武彦自体の技量はすごいぜ」

「そうなの? どのへんが?」

「まずは、あの速いテンポでも、そこから、いきなりスローダウンする展開でも、さらに、ソロから、他のメンバーがミスった時まで、いかなる展開やトラブルに巻き込まれても、絶対に完全で、揺るぎなく安定な、盤石の如きリズム感。それと、あのヴォーカルだ。タフで図太くてラウドな歌声。ただ叫んでるだけに聞こえて、実は、音域もそれなりにあるし、歌い方のニュアンスっていうのも、曲ごとにちゃんと持ってる。あれは他じゃなかなか聴けないな」

「ああ、言われてみれば、確かに……」

「その上、日本語の歌詞も書けるしな。僕みたいな理詰めのギタリストとは違った、迫力と感情の人なんだけどもさ、そういう人の力も必要かなあ、なんて思ってるわけ」

なるほど。アルの考えにも一理ありそうな気がする。誘ってみることには賛成だと返す。

「しかしなあ……」

今度は、脇から、マスターが口を挟んでくる。

「しかし、何?」

「これは、人づてに聞いた話なんだが、小津武彦なあ、今、えらい人間不信に陥ってるらしいんだな……」

人間不信? アルの方を見ると、ああ、分かるなあ、と呟きながら、うなづいている。

「考えてもみろよ。一緒に、このバンドで上り詰めてこうぜ、って誓った仲間がだよ、まさか、クスリなんかに現を抜かしてだ、しかも、そのせいで、自分の計画が、一からひっくり返されたんだぞ? そりゃ、誰も信じらんなくなるわ」

「そのせいで、バンドが潰れてから一年、ギターにも触ってすらいないんじゃないかって話もあるな」

「そんなに?」

「っていうのもな、小津が楽器や弦を買いに来てたっていう楽器屋の店長と知り合いなんだが、そこにも、この一年、まったく顔を見せないっていうんだよ」

「他の店に変えたんじゃないの?」

「だったらいいけどもさ、楽器のリペアなんかも頼みに来ないんだってよ」

「それも他の店に……」

「消耗品くらいならどこでも買うだろうけど、楽器のリペアともなると、本当に信頼できるところにしか出さないだろうしねえ」

「でも、一年で、そんなにヘタるもの?」

「最後に楽器をリペアに出したのは二年前だとさ」

「二年はさすがに空けないね。少なくとも、練習だけでもしてるんであれば、練習量だって半端じゃないだろうし、楽器はヘタるよ」

だんだん、絶望的な話になってきた。あたしたち三人は、同じように顔を曇らせ、黙りこんでしまい、店には、他の客の話し声と、あたしの楽器のパーツが工具に触れる音しかしなくなってしまった。

打ち砕かれた夢が転がる

俺、小津武彦。二十二歳。高卒。無職。バイトくらいはしてた経験があるけど、この一年、ほぼニート。その前までは、バンドなんかもやってた。ニッケルアイゼンっつう、スラッシュメタル系のバンドで、立川や八王子、所沢界隈じゃ、結構、名の知れたバンドだったが、バンドのメンバーの馬鹿さ加減で以って、解散するはめになった。

今は、実家暮らし。何もすることもなく、ただただ、家で、ボケっとしている。

「兄ちゃん」

「おお? 何だ、妹」

俺の部屋に、妹の真由美がやってきて、不機嫌な顔で俺を呼びに来た。まあ、こんなニートが自分の兄貴だと思ったら、そりゃ、不機嫌にもなるわな。

「沙織さんが来てるよ」

「え? 沙織?」

沙織こと、鈴木沙織。単刀直入に言うと、俺の彼女だ。玄関に出てみると、確かに、そこで、沙織が待っていた。

「よう。どうした?」

「話があってね」

「話?」

なんとなく、予感はしていた。話の内容は、ほぼ間違いなく、別れ話だろう。付き合い始めて一年半、二人でどっかに出かけたりした回数なんか、ほんの数回。おまけに、ミュージシャン志望の高卒フリーターからニートに昇格した俺に対して、沙織は、有名私大卒で、有名企業の正社員。まあ、別れたくなるのも当然だ。これで、平気な顔して付き合ってられる方がおかしい。

俺は、彼女に促されるまま、サンダルを履いて、表に出る。近所の公園を指さす沙織について、そこにあるベンチに座った。

「話って?」

俺が促しても、彼女は話を切りだそうとしない。様子を見ていると、別に、言い出しかねているとか、そんな様子でもない。何? この余裕の無言。俺から切り出しちゃおうかな。多分、もう、ダメだし。

「ああ、いい。分かってる。分かってるよ、沙織」

「え?」

「別れ話くらい、さらっと済ませちまえばいいのに」

「別れ話?」

「分かってたよ。愛想つかされてることくらいさ」

「いやいやいや。……え?」

「やめてくれよ、こんなとこまで来てさ。これじゃ、俺が、あんまりにも惨めだ」

「小津くん?」

「なんだよ」

「いや、その、暴走してるなって思って」

「暴走も何も、お前が、なかなか話し出さないから」

「ごめん、ごめん。実は、見てほしいものがあってね」

「見てほしいもの?」

「うん」

「別れ話は?」

「まあ、小津くんが別れたいなら、引き止めない」

「……」

「ちょっと待ってね……。えっと……、これ」

沙織は、バッグの中から、タブレットPCを取り出し、ウェブブラウザを立ち上げ、ブックマークから呼び出したページを、俺に見せる。

ページのタイトルは、『The Grossmann Web』。元スウェッティング・バレッツのギタリスト、アルベルト・グロスマンのウェブサイトだ。

「そこの、この記事」

沙織がタップしたのは、『長らく一人でやってましたが……』というリンク。

記事の内容は、スウェッティング・バレッツを追い出されて以来、一人で活動し、弾き語り形式のライブを続けていたところに、一緒にバンドをやりたいというベーシストが現れたんだと。ベーシストの名前は、設楽絵里。……設楽絵里? 設楽絵里って言ったら、『Maverick Meerkat』のベースだった、設楽絵里か? ああ、まあ、いいや。ともかく、ベースが見つかったんで、ご報告まで、と。後は、ギター兼ボーカルと、ドラムを募集中。アコギの弾き語りも楽しいけど、またデカイ音出したいなあと。

つか、マジか。スウェッティング・バレッツの事実上の消滅も、俺のバンドが解散したのと、ほぼ同時期だ。てっきり、アルベルトも潜伏して、大人しくしてるものだと思ってたんだが、アイツ、一人でも続けてたのか……。しかも、それが、『Maverick Meerkat』の設楽と組んだって? いや、まさかなあ……。

「『Maverick Meerkat』って、どんなバンドだったっけ?」

「ほら。アレだよ。女の子ばっかり三人組の、揃いも揃って、きわどい『もう、それ、はみ出しちゃうだろ!』みてえな衣装を着て、割と社会派なパンクをやってた奴らで、それこそ、『おっぱい ぷるんぷるん!』っちゅうか……!」

「ふうん……」

「違っ……! そ、そういうことじゃなくてよ! ……で、で、この記事が、一体、ど、どうしたっていうんだよ?」

「もう話すのやめようかな……」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 続きを話してください!」

沙織は、軽蔑するような目つきで、俺を蔑みながら、話を続ける。

「だからさ、今、見せた通り、その、アルベルト・グロスマンさんが、ギター兼ボーカルを探してるわけ。小津くん、一緒にやれば?」

「お、俺が?」

「私が噂に聞いたところによると、アルベルトさんが、予てから、スケベで変態な小津くんのギターと歌を、『あれはすごい』って言ってたらしいし、面識もないわけじゃないんでしょ?」

「いや、ごめん……、ない……」

「ないの?」

「なんとなく、あのバンドとは、アルベルト・グロスマンとは、バッティングしちゃいけないような気がして、意図的に避けてた……」

「そうか……」

「それに、スマン……。俺は、まだ、無理だ……」

「小津くん……」

今でも、俺は、バンドが解散した、あの日のことを夢に見る。

練習を終えて、スタジオを出た途端、警察に囲まれ、逮捕状を差し出され、連行された。連中のクスリのことなんて知らなかった俺まで、痛くもない腹を探られ、尿検査までされて、事情を聴かれた。後から聞くと、ほぼ同時刻に、俺の家にも家宅捜索みたいなものが入ったらしい。もちろん、俺は、何もしていないので、それで済んだが、事情の飲み込めていない俺は、警官に食って掛かる。奴らは、気の毒そうな顔をして、俺を取調室の隣の部屋に呼んだ。マジックミラー越しで事情聴取を受けていたメンバーの自白を聴かされ、あいつらが大麻なんかをやって逮捕されたこと、それ以外のメンバーも同様の供述をしていることを聞かされた。

頭が真っ白になるより先に、すべてが怒りに満たされた。そんな馬鹿げたことのために、せっかく、ここまで積み上げたものも、毎回ライブに通いつめて応援してくれていた奴らの期待も、すべて、無にしやがった。開放される間際、俺は、警官に、奴らへの伝言を頼んだ。もう二度と面を見せるなと、できる事なら、全ての罪を死んで償えと……。

あの逮捕の瞬間だけが、俺の頭の中で、時々、ふと思い出される。そのたびに、怒りと絶望感を噛み締める。それが、まだ、続いている。

新しいバンド……。考えたこともあったし、メンバーを募ったこともあった。それでも、そのたび、俺はまた裏切られるんじゃないかと、疑いを抱くようになってしまい、それらの話は、先に進まなかった。

半ば自暴自棄になった俺は、バンド活動と一緒に、生活のためにしていたバイトも辞めてしまい、今の、この、ニートバカ状態に至った。家族からも汚物を見るような目で見られながら、ただただ、無意味に、この命を維持している。

生きてるだけで丸儲け? バカ言え。死ぬこともできない、どん詰まりだ。

Please,God,Help him

「どこのLinuxディストリビューションよ」

「お。アル、鋭い」

「『鋭い』って何よ。まさか、本当に、アレから取ったのか?」

設楽絵里です。月曜の午前十時。この間の喫茶店で、アルと話をしていて、ちょっとしたきっかけで、あたしの以前やっていたバンドの話になった。『なんつうバンドよ?』と聞かれたあたしは、多分、知らないだろうなあと思いながら、当時のバンド名を言うと、先のようなツッコミが入ってきたわけだ。

あたしが、この間までやってたバンド、『Maverick Meerkat』の、その名前は、ドラムの子が、ネットで拾ってきた名前だ。

最初、彼女は、同様の手法から、『Ubuntu』なる言葉を拾ってきたのだが、そりゃあ何だと調べたところ、アレゲ人向けのOSソフトに付けられた名前だった。

他者との繋がりと、その信頼のようなものを言い表す、概念的な単語らしく、彼女は、バンド内の団結なり、オーディエンスとバンドの繋がりなりの意味を込めて提案してきたのだけれど、アフリカ辺りの言語らしいため、ドラムンベースのユニットだと間違われそうだと異を唱え、調べ直させたところ、そのUbuntuの関連ページの中に、この『Maverick Meerkat』なる言葉があった。これは、その『Ubuntu』なるOSの、あるバージョンのコードネームだった言葉らしく、意味は『型破りのミーアキャット』。

まずは、その『Meerkat』を画像検索し、その小動物の愛らしい見た目にやられ、ということは、可愛い上に型破りなのか? それは素晴らしい。私達も可愛くて型破りなバンドになろう、という何だかわからない理由付けに、全員合意し、このバンド名を名乗ることにした。もちろん、バンドメンバーは、全員もれなく、あまり頭のほうがよろしくない。

「いやあ、なんとも適当だな」

「適当って言うな。真面目に考えたんだぞ」

「まあ、僕もねえ、『Sweating Bullets』なんていう、ある意味、ギリギリな名前のバンドを率いていた時点で、あまり言える立場でもないけどもさ」

「それは、何?」

「メガデスっていうバンドの、曲のタイトルから取ったんだよ。『汗だくの弾丸』っちゅうさあ、なんて言うか、そこに感じ取れるスリル感というかさ、そういうものに、バシィっと来たんだね」

「適当だなあ……」

「否定はしないよ」

ちなみに、うちらのバンド名はどうする気なのかというと、できる事なら、メンバーが揃ってから、全員で考えたい、ということなので、当面は、無名のまま行こうと。それがダメだという場面については、『アルベルト・グロスマンと愉快な仲間たち』という、最悪でイケてない名前を名乗ることになるらしい。早くメンバーを探そう。

「アル。ドラムは? ドラムの候補は?」

「おい、焦んなって。そんなに、『アルベルト・グロスマンと愉快な仲間たち』が嫌なのか?」

「嫌に決まってるでしょ」

「そんだったら、あれだ。僕のいた『Sweating Bullets』と、君のやってた『Maverick Meerkat』を合わせて、『Sweating Meerkat』とか」

「何か、嫌。『汗だくのミーアキャット』? やめて、やめて、やめて」

「じゃあ、『Maverick Bullets』か?」

「『型破りな弾丸たち』?」

「……卑猥だな」

「どこの思考を経由したら卑猥になった? 言ってみ?」

「何か、こう、えらい卑猥な形をしたあ……」

「ご冗談でしょう? グロスマンさん」

「いや、ごめん。本当に、電池式で振動するような『弾丸(?)』を考えてた」

「やめなさい。あんた、今、女の子と話をしてんのよ?」

「え?」

「え?って何だ。姉ちゃんに言うぞ」

「やめてくれ。昔の同級生に変態扱いされるとか、どんだけの罰よ」

バカな会話をしながら、時間は過ぎ、お昼時。近所の会社員や、買い物途中の人々が、店に増え始める。

「つったって、向こうのドトールに客を取られて、微々たるもんなんだよ?」

「何か言ったか? アル」

「わははははは。おい、何だ、マスター。冗談。冗談だ」

そんな中に、この店には、あまり相応しくない、華やかな空気をまとった、OLさんたち御一行がやってきた。二十代から三十代の、四、五人のグループ。あまりにも、店の雰囲気と不釣り合いなので、なんとなく、目で追いながら思う。彼女たちが、ここに来たのも『ドトールが満席だった』とか、そんな理由だろうな……。

「すみません」

「はい」

マスターは、OLさん御一行に呼ばれ、注文を取りに向かった。この店に女性客が少ないのは、あのモサッとした髭面がマズイせいだと思うんだけど、アル、どう思う?

「同意せざるを得ないね」

やがて、あまりにも稀な女っ気に囲まれて帰ってきたマスターは笑顔。

「男の同僚から、ここの店のコーヒーが美味いって聴いて来たんだってよ」

「ああ。良かったじゃないの」

浮かれ気味のマスターはさておき、バンドの話をしようじゃないか。アル。

「だな。じゃあ、バンド名は、『Intrepid Ibex』にするかい?」

いいから、Ubuntu縛りから離れろ。どうしてもその縛りだというなら、『Hardy Heron』に一票だ。

「小さなことからコツコツとやっていかなあかんなあと、嫁とも話をしましてえ」

きよしくん、それ、『ヘロン』やのうて、『ヘレン』や。君んちの奥さんは青鷺か。

「おお。よく分かったな。まあ、できる事なら、やすしさんのモノマネで、乗ってきてほしかったけどもな。……バンド名はさておきだ、メンバーだよ、メンバー」

そうだ。そっちが先だ。ドラムの候補はいない。ギターとヴォーカルを、願望としては、元ニッケルアイゼンの小津武彦に頼みたい、とそういうことでしょ。と話し始めると、さっきのOLさんのうち、一人が、急に、こちらを向いて、聞き耳を立て始めた。それに気づかないアルは、話を続けた。

「そうなんだよなあ。この辺界隈で、彼以上のギタリストっていうのは、なかなかいないしねえ。その彼が、ちょうどフリーでいるわけだから、誘わない手は無いものなあ」

「そ、そうだねえ」

「いや、僕のライブを聴きに来てくれる人たちもねえ、よく言われるんだ。『スウェッティング・バレッツとニッケルアイゼンの対バンが見れなかった代わりに、せめて、アルと小津武彦の共演が聴きたい』的なねえ……」

「うん……。ああ……」

さっきのOLは、ついに、こちら側に身を乗り出し始めた。キー坊。後ろ、後ろ。

「なんや、やすしくん! って、うわ!」

アルも、振り向きざまに、OLの視線に目を合わせてしまい、思わず仰け反る。OLは、こちらの話に聞き入りすぎている自分に気がついたらしく、「やっ、あの、ごめ、ごめんなさい!」と慌てて平謝り。

「いや、い、いいけどもね、そこまで身を乗り出されると、さすがの僕もびっくりする」

「ですよね……」

「僕らに、何か、用事でもあったかな?」

「や、実は、あの、お二人が、私の彼氏の話をしていたもので……」

「彼氏?」

この時、一緒に来ていたOL陣の内、年齢層の高そうな三人が、ぎりっと奥歯を噛み締める音がしたような気がするけど、気づかないふりをすることにした。

「はい。あの、ニッケルアイゼンっていうバンドで、ギターを弾いて、ボーカルを取ってた、小津武彦っていう……」

「小津くんかい!」

「は、はい!」

「いやあ、こんなところで、小津くんに縁のある人に出会えるとは思わんかったな」

「ど、どうも。それで、あの、バンドの話なんですけど……」

「ああ、そう。あの、僕らもねえ、バンドをやろうと思ってるんだけどもさ、メンバーが足りないの。それでね、小津くんみたいな人、いやもう、ぶっちゃけて言うと、小津武彦氏にね、うちでギターを弾いて、歌って欲しいね、って、この間から、話をしてたの。だけども、僕ら、小津くんと面識も何もないもんだからさあ、いやあ、どうすべかなって言ってたところなの」

「そうなんですか……」

彼女の表情が曇る。何か悪いことを言ってしまったかと、不安がるアル。

「違うんです、あの、実は、昨日、アルさんのウェブサイトの記事を、彼に見せたんです……」

「おっと? 何故、僕のことを知って……」

「さっきから、そっちの方から、『アル』って呼ばれてたし、『スウェッティング・バレッツ』っていうバンド名も聞こえたので……」

「ああ、そうか。しかし、僕のウェブサイトを知ってるというのは、また、奇特な……」

「以前に、大学の友達に誘われて、アルさんのバンドのライブを観に行ったことがあって、それ以来、ライブも観るし、ウェブサイトもチェックしてますし」

「ありがとう。そうか。それでか。それで、その、彼の反応は?」

「それが……」

「『それが』?」

「いろいろと、乗り越えがたい、傷がありまして……」

あの件か。あたしとアルは、無言で顔を見合わせる。

「その件については、僕らも知ってるし、気持ちもね、よく分かるよ……」

「でも、分かってると思うんです。彼自身。自分は、音楽の世界で踏みとどまって前に進むしかないって……」

「そうだろうねえ。彼の演奏には、いつだって、そういう気概というか、気迫というか、にじみ出てたものな」

アルベルトは、天井を眺めながら、考えた。そして、何も思いつかなかったのだろうか。それとも、それしか無いと思ったのだろうか、彼女の方を向き直して、こう言うのだった。

「僕らのライブに連れておいでよ」

僕らのライブ。……僕『ら』? ……ああ、そうか、あたしのことか。

「もうね、こうなったら、音楽の世界に戻りたいって、意地でも思わせるしか無いと思うんだ」

つまり、音楽の世界に戻って、もう一度、あの熱狂の中心に立ちたいと思わせるしかない。そのために、小津武彦を、あたしらのライブに呼んで、その意欲を取り戻させようと、そういうことだろう。というのは分かったけど、実際、大丈夫だろうか。なんて、あたしが言っちゃいけないな、と思っていたら、彼女が、「そ、そうか! でも、大丈夫ですか……?」と、そのままに代弁してくれた。

不安げな彼女に、アルベルトは言った。

「おい。君は、僕を誰だと思ってるんだい」

虚勢を張るでもなく、ただ、自分が今までやってきたことに対する確信に満ちた、その佇まいに、彼女は、目を大きく見開き、勢い良く返す。

「アルベルト……、アルベルト・グロスマンさんです!」

「そうだろお? だから、もし、以前の我武者羅な小津武彦を呼び戻したいというのなら、今度のライブに連れておいで。毎週水曜の、夜九時から、吉祥寺の駅前……、北口ロータリーの脇でやってるから」

「わかりました!」

笑顔で頷く彼女。と、同時に、OLさんたちの注文を、すべて揃えて、マスター登場。

「分かったら、君も、昼飯、食べちゃいな。後は、アルに任せときゃ、大丈夫だ」

「はい! いただきます!」

Cut your way

水曜の夕方、電話で、沙織が言った。吉祥寺でデートをしよう。しかし、俺の財布の中身は、限りなくゼロに近い。それでも、沙織は、分かってる。大丈夫。だから、行こう、と言うので、いろいろ迷惑や心配を掛けている手前、無碍に断ることもできず、誘いに乗った俺、小津武彦。

約束は、夜の九時。吉祥寺の北口ロータリー前。って言ったって、結構、広いぞ? ロータリーの前って。まあいい。おとなしく、それっぽいところで待っていよう。

吉祥寺という街は、俺にとって、小さな敗北の街、でもある。何事かと思われるかも知れないが、要するに、俺は、この街で、スウェッティング・バレッツという、とんでもないバンドを、もっと正確に言えば、アルベルト・グロスマンという、とんでもないギタリストを観て、打ちのめされた。正直、勝てないと思った。それ以来、俺は、アルベルトの活動域とだけは被らないように、国分寺駅辺りを、自身の活動の東の限界線に設定した。

実を言うと、こうして、ただ人を待っているだけでも、言いようのない不安感がある。どっかから、アイツの音が流れてきて、俺の自信とか、存在意義とか、そういったものが、すべて叩き壊されてしまうんじゃないかという不安。それでなくとも、元来、俺は、田舎者気質で、こういう華やかできらびやかな街が苦手だ。吉祥寺って街は、立川や国立あたりとは、完全に別格なんだ。

沙織、早く来てくれ。人ごみ怖い。ネオンが怖い。いやあ、マジで怖い。助けてくれ……。

「小津くん。待った?」

小走りで、沙織がやってきた。待ちました。超待ちました。だから、助けてくれ。半泣きで懇願する俺に、沙織はニヤリと笑った。

「夜は長いぜ」

彼女の吐いた一言は、聞き様によっては、とても甘美で淫猥な響きの言葉なのかも知れないが、俺にとっては、この街にとどまるという恐怖以外にない。俺は、こんな街を楽しめるようなオシャレさんとは違うんだよ。助けて。お願い。

「うるせえ、行くぞお」

ダメだ。沙織が、某ネコ型ロボットのアニメに出てくる、超絶音痴なガキ大将に見える。もう逃げられない。あのヘタレメガネのように、マウント取られて、情けなく殴り飛ばされるしか無いんだ。

駅前の、アイスクリーム屋の前で待っていた俺は、沙織に手を引かれ、ほんの十数秒歩かされたところの、靴屋の前に連れてこられた。

「ここで、ちょっと待ってよう」

ニコッと笑う彼女。可愛いな、コンチクショウ。二人して、そこのガードレールに、並んで腰掛ける。これからどうするつもりなんだ? 沙織に聞いた。彼女は、再び、ニコッと微笑み、ひ・み・つ、と勿体ぶってみせる。ああ、なんだろう、何で、こんな可愛い子が俺の彼女なの。神様ありがとう。

「あ。来た!」

んん? 来たって、何が? 彼女の目線の先を見ると、ギターケースを抱えた、長身の男女が、物凄いオーラを背負って近づいてくるのが見える。俺の中で、記憶の片隅に埋もれかけた、あの感覚が蘇る。……アルベルト・グロスマンだ……! その隣にいるのは……、Maverick Meerkatの設楽絵里。

まさか、沙織は、俺を、こいつらに会わせる気だったのか? 彼女の顔を見ると、ニコッと、悪気のない笑顔を見せる。

二人は、靴屋のシャッターの前に落ち着き、楽器を引っぱり出す。俺ら二人は、数十人の群集と共に、彼らを囲むように集まる。

楽器のチューニングをしながら、何気なく顔を上げたアルベルト。群衆の最前列に、俺らの姿を見つけ、笑みを見せ、隣の設楽に声を掛ける。彼女もまた、こちらを見て、笑顔で、親指を立ててみせる。……なぜか、沙織が反応する。

全ての準備を終えた二人は、立ち上がる。

「……また増えたな。えらいことになってる」

「ホントにね。始めますか」

「始めましょう。はい、皆さん、こんばんわ。ご存知ぃ、アルベルト・グロスマンと……!」

「設楽絵里です!」

「うおおおおおおお!」

「よおし! いきなり、未発表の新曲から行くぞお! 『Maverick underdog』!」

いきなり速いテンポの十六ビートのリフから始まった曲は、複雑さと攻撃性を兼ね備えた、凄まじい一発。設楽絵里のベースが、縦横無尽に走り回り、強烈なグルーヴを創りだしてゆく中で、アルベルトは、時に、自身の計算ずくの世界さえ叩き壊しながら、『型破りな負け犬』の果てのない怒りを紡ぎだす。あっという間に、三分半の時間を駆け抜けた演奏は、セットリストを次に進む。

『Hurt and Distone』、『Broken Sun』、『Weak interaction』……。スウェッティング・バレッツの代表曲をずらっと並べて、この迫力で聴かされてしまっては、俺も、そして、この群衆たちも、乗らずにはいられない。あっという間に、熱狂の渦に放り込まれる。もはや地鳴りと化した群衆の足踏みは留まるところを知らず、このイカれた世界を揺らし続ける。

吉祥寺に五百人の客を動員した、伝説のバンドを率いた男、アルベルト・グロスマン。それが、バンドを失った後も、一人、路上の弾き語りなんて泥臭いやり方で、自分の信じた道を貫き続けた結果が、この熱狂だ。突き上げられる拳。止まない足踏み。奏でるギターリフを、一人、また一人と、聴衆が口ずさむ。やがて、それは大合唱へと変わり、アンプで増幅した以上のビッグサウンドを生み出す。

俺は、いつの間にか、独りだけ、熱狂から放り出され、嫉妬に歯軋りをしながら、その一方で、自身の臆病さと無力さに、涙を流していた……。

いつまでも、終わったことを引きずり、理由をつけながら、あらゆる苦悩から逃げ、隠れるだけの自分が、ただ、情けなくなった。

音楽しか無いくせに、そこからも逃げ、空っぽの抜け殻に成り果てようとしていた、自分を悔いた。

まだ何も成し遂げてない。まだ何もやりきってない……! まだ終わりになんかしたくないのに、どうして逃げ続けているんだ!

そして、何というタイミングだろうか。曲は六曲目に突入する。曲名は『Deceiver(詐欺師)』。

欺かれ続けたお前に跪いて詫びろ。欺き続けたお前から全て奪い返せ。

アルベルトの曲には珍しい日本語の歌詞で、そう歌う曲が、ちょうど、俺の心の一番傷んだところに、激しくぶつかる。俺が悪かった……! もう許してくれ……。もう許してくれ……!

曲が終わると、急に、場が静まり返る。今まで暴れまくっていた群衆も、沙織も、設楽も、アルも、全員が、俺の方を見ていた。

「おい、小津」

アルベルトは、二本持ってきていたうちの一本のアコギを、俺の前に差し出す。

「僕には、君の苦悩も、心の痛みも分からん。だから、言えることは、たった一つだけだ」

その『たった一つ』の言葉は、俺の壁を叩き崩す。

「自分の運命くらい、自分で切り開きなさいよ! この、ダメ人間!」

これは、俺が自分で綴らなければいけなかった言葉だ。これは、俺が自分自身に叩きつけなければいけなかった言葉だ。これは、自分の弱さに甘えて、聞かずにいた言葉だ……! 俺は、呆然と、壁の崩れ落ちる音を聞いた……。

「帰ってこい。小津武彦。ここが、君の戦場で、君のオアシスだ」

涙を拭い、ギターを手にした俺に、アルベルトは微笑みかけた。演者側に立ち、群衆を見渡す。何も分からず、ヒソヒソと俺を指さす者もあれば、目を輝かせ、まるで、俺を待っていたかのように笑う者もある。

「結構、急だったから、この辺しか、用意できてないけど」

設楽が、何やらメモを手渡してきた。そこに書かれていたのは、ニッケルアイゼンのオリジナル曲、三曲分のタイトル。

俺の楽器のチューニングが終わった頃、アルベルトが、突然、メンバー紹介をしだす。

「今夜のメンバーが揃ったところで、改めてメンバー紹介をしようじゃないか。まずは! 喋らんでおけば、なまらいい女! ミス・暴れベース! 設楽絵里!」

「何、その紹介!」

「わははははは!」

「そしてぇ! 今夜の主役と言ってもいいでしょう。お前、可愛い彼女連れてきやがって、コノ野郎! ギター! 小津武彦!」

「ひゅー! ひゅー!」

「うる、うるせえ!」

「そして、わたくし! 北からやってきた福山雅治!」

「ぶー! ぶー!」

「うるさいわ! ああ、もういい! ギター! アルベルト・グロスマン!」

「いよぉっ!」

「そんじゃ、行くぞ! ニッケルアイゼンのカヴァーだ。『Neck-Born Cracker』!」

その晩、俺は、何も思い出せないくらいに、ひたすら、叫び、ギターを掻き鳴らした。目の前のイカれた奴らは、更に激しく、その頭を振り乱す。

こんなに、こんなに何も考えず、感情の赴くまま歌ったのは、いつぶりだったろう……。最高なバンドで、最高な観客と向かい合い、腹の底から、心の底から、歌い、叫び、ギターを奏でた。

もう、二度と、戻ってこれないんじゃないかと思っていた世界に、こうして戻ってこれた。俺は、まだ、ここに居ていいんだ。いいや。一度だって、否定された覚えはないし、否定されたって、奪い返せばいい。その事に、気がついたんだ。

「お前ら、最高だ、こん畜生!」

「小津ー!」

「お前もなー!」

おまけ: 天パと直毛と

そして、その晩、彼は、あたしらのバンドの一員として迎えられた。

「マジか……。スウェッティング・バレッツとニッケルアイゼンの共演を夢見た俺の願望が、ついに現実に……!」

「すごいよね! あるんだね、こんなことって!」

「ついに実現した……! (泣)」

ライブの常連客連中は、何だか、変なテンションで感動し始める。感動感激はいいとして、泣くこたぁなかろうと。そんなに嬉しいことなのか。

「当たり前だろ!」

「そうだな。例えるなら、メタリカのジェイムス・ヘッドフィールドと、メガデスのデイヴ・ムスティンが、同じステージで共演して、終わった後に、ハグしあうくらいの、驚きもであり、感動でもある」

あたしが、その二組のバンドについて疎いせいで、彼らの例えが分からないんだけども、平たく言うと、ヘヴィーメタル界では有名な、犬猿の仲でありながら、共に、四大スラッシュメタルバンドのうちの二頭に数えられる彼らの共演というのは、そっち方面のファンにとっては、一大事らしい。

当の、小津、グロスマン、両人は、苦笑い。

「それじゃあ、まるで、僕らが仲悪かったみたいじゃないか。違うだろ? 僕らはね、嫌い合うどころか、面識もなかったわけ」

「そうだな。俺も、何かすげえのがいるってのは知ってたけど、アルベルトとは、話したこともなかったな」

「まあね、僕は、少し、小津くんのことが嫌いになったけどもね」

「何でだよ。お前、こういういい場面で、何で、そういう事言うんだよ」

「だってさあ、君、ずるいじゃないか。こんなにも似たようなジャンルの音楽をやってるのに、何で、君だけ、そんなに可愛い彼女がいるんだい?」

「知らねえよ。強いて言うなら、俺の方は、髪の毛が巻いてねえせいじゃねえ?」

「言いやがったな。何だ? 天パ差別か? おい。事と次第によっては、許さんぞ?」

「許さねえも何も、しょうがねえだろ。俺ぁ、直毛なんだ。何だったら、グロスマンさんも、ストレートパーマでもかければいいんじゃないですかあ?」

「あっ、ついに、ストレートパーマって言いやがったな。コノ野郎。許さんぞ、小津武彦」

「何だ? 報復に、俺の髪にカーラーでも当てて、くるっくるにでもしてくれんのか? まあ、俺は直毛だから、すぐにまっすぐになるけどもなあ」

「俺は、今から、お前を殴る……!」

「何でだよ! しょうがねえだろ! 真っ直ぐなもんは真っ直ぐなんだから!」

「や。いちいち腹立つ。どっかに縛り付けて、無理やりアフロにでもしてやるかな。『やめろっ!』つったって、『うるせえっ! 文句があんなら、お前の彼女にでも言えっ!』つって、くるっくるにしてやるんだ。おい、絵里。君もだ。いつまで、そんな、スタリッシュ気取ってんだあ。困るんだよお、和を乱されるとさあ。君もファンキーになれよお」

「お前、その、逆恨み的な発想やめろ。お前の天パの原因は、俺らじゃねえんだから」

「おい、じゃあ、何か? 僕ぁ、僕と同じようにくるっくるしてる母親にでも当たればいいのか? 実の母親にだ、あんたの遺伝子のせいで、こんなに巻かさってしまったっつって、文句を言えばいいのか? ふざけんなって。そんな事言ったら、お袋泣くわ」

「それはマズイな。悪かったよ。お前がモテないのは、髪型じゃなくて、何か、他の部分だ」

「聞いたかい? みんな。彼は、今度は、僕の人格攻撃をねえ……」

「人格攻撃じゃあねえけどよ。原因は、お前の、そういう部分じゃねえのかって言ってんだ」

「どういう部分よ」

「『どういう部分』っちゅうか……、なあ? 沙織」

「うん。その、『黙ってればカッコイイのに、口を開くたび、全てを面白くしてしまう』部分っていうか……」

「別に、面白くなんかしてねえべや」

「してるって。さっきから、愚痴ってるだけなのに、何か、おかしいんだよ。お前」

「そうそう。多分、アルさんに言い寄ってくる女の子って、見た目と音楽性のイメージで寄ってきてるから、その喋りとのギャップで……」

「何だよ。それじゃあ、この先、絶対、無理じゃないか」

「もっとカッコイイ喋りとか、意識する気はないの?」

「意識も何も、喋り方なんて、どうにもならんぞ」

「それじゃあ、モテんぜ?」

「言った! ついに断言された! 『それじゃあ、モテんぜ?』って言いやがったな! いやあ! なまら腹立つ!」

話は、小津武彦加入を通り越して、アルベルト・グロスマン、その人の是非にまで至ってしまった。

「待てって! 『是非』ってなんだよ! ダメかい? 僕じゃあ!」

「ダメってことはないけど……」

「ギター持たせたら、盛り上げるぜえ……」

「それは分かってるけども……」

「いやあ……。ショックだものなあ……」

「悪かったって。ダメじゃねえから」