この曲がりの果てに…… Ver.3.0.1 #1

Collider ——Face against my Heavy metal——

吉祥寺駅前——北口? 中央口? 側のロータリー。——で、ここ最近、週に一度、水曜の夜の恒例と化した、弾き語りライブをやっていると、突然、変な女の子に絡まれた。

「ちょっと、ここ、あたしが狙ってた場所なんだけど」

なんとも横柄な口ぶり。

見た目は可愛い、いや、可愛いと言うより、美人、という形容にふさわしい、しゅっとした目鼻立ち、スラっとしたスタイルで、背丈も、一八七センチある僕にも引けを取らないくらい——一七五センチ程度。——で、モデルか何かと言っても通用しそうな、それこそ、もしかすると、本職のモデルさんかも知れないくらいの、そのくらい、見た目は美しい人である。

「なんなの? あんた。あたしが狙ってた場所、取っていいと思ってるわけ?」

が、しかし、どうにも、彼女の物の言い方を聞いている限りは、常識知らずで、礼儀もなく、おそらく、性格がひん曲がっている。要するに、とても残念な美人だ。

僕も、見ず知らずの女性を怒鳴りつけるようなことはしたくないものだから、何とか、穏便にすまそうと努力はしてみる。いやあ、そう言われましてもねえ、なんていう具合に、なるべく、角の立たないように、話をしている。

ついさっきまで、僕の演奏を聞いてくれていた皆さんも、一緒になって、彼女を宥めに掛かってくれているので、そういう皆さんに免じてね、なるべく抑えようと、思うわけです。

「大体さあ、さっきから聞いてたら、やってる曲が暑苦しいんだよねえ!」

高校一年から七年弱、ハードロック、ヘヴィーメタル畑でやってきた僕には、この手の言われようは慣れっこです。怒りません。怒りませんとも。

「それにさあ! 顔立ちだって、モアイみたいな顔してんだからさあ、せめて、音楽くらい柔らかい曲やればあ! この天パモアイ!」

前言撤回。撃墜します。

「おい、天パモアイっつったか!」

「!」

この馬鹿女、人の面見て、天然パーマとモアイ掛けあわせて、天パモアイっつったぞ、おい。確かに、僕ぁね、半分ドイツ人の血が入ってるもんで、顔の彫りは深いかも知れないけどもさあ、モアイは言われたこと無いね。や。なまら頭きた。

彼女は、今まで、ひきつってはいたものの、笑顔でいた僕が、いきなり声を荒げたものだから、目を丸くし、半歩、後ろに引く。

「大体ねえ、そっちこそ、そんな、裸でエレキベース持ってきて、何するつもりだよ? ベースの弾き語りなんて、どこぞの三流一発屋芸人のパクリじゃねえかよ!」

「ちっ、違っ……! アッタマきた! あんなのと一緒にしないでくれる!」

「うるさいよ! 一緒じゃねえかよ! そんなん持って、一体、何ができるんだよ! 言ってみろよ!」

「ぐっ……」

「大体、君みたいな性格ブスはねえ、おとなしく、バカな男と遊んでりゃあいいんだよ! そうやって、一人でぶらぶら歩いてるから、こうやって、人様に迷惑かけんだろうがよ!」

「性格ブス! 言った!」

「言うさ! 見た目はどんだけ男受けするかしらんけど、性格が腐ってたらしょうもねえべや!」

「腐ってる! いや、ホントにアタマきた!」

「ホントに、語彙もないものな。さっきから、人の言葉のオウム返しと『アタマきた』しか言ってねえもの。これだから、学のない人間は嫌だよねえ」

「うぐ……」

「ああ、だったら、やってやろうじゃねえかよ。君の持ってるエレキベースとミニアンプを使ってだ、一曲づつ演奏して、今、目の前にいるお客さんを沸かせたほうが、この場所を取る。それでどうだい?」

「やっ、やってやろうじゃないのよ!」

乗ってきた。僕は、演奏順の最初を、彼女に譲る。

「はあ? 何であたしが最初なのよ」

「バカか。そのアンプはねえ、電池が少なくなると、酷い音がするんだ。だったら、電池がなくなる前に、先に、一曲やるほうが有利だろ」

「ふ、ふん、知ってたわよ。せいぜい、あたしに先を譲ったことを後悔しないことね」

「言っとけ」

彼女が弾いたのは、結構、ありがちなパンク系の曲。指引きで、割と細かいフレーズまで丁寧に弾いている印象はあるんだけどもね、いかんせん、バンドスコアのベースラインだけを、そのまま抜き出してきたような演奏しかしないので、厚みも出ないし、面白みもない。せめて、和音にだけでも発想が至れば、随分、違うものになると思うんだけども。一応、演奏技術はある方なんだよな。残念だなあ。そういうところまで。

そんな演奏でも、終わると、まばらな拍手くらいは上がる。彼女自身としては、もう少し盛り上がる計算だったんだろうか、あまりのまばらさに、戸惑いながらも、手を上げて応じ、楽器を僕に渡す。

「観せてもらおうじゃない」

「ああ」

ストラップを肩に掛け、チューニングを合わせながら考える。……何を演奏しよう。結局、メタリカの『My Friend of Misery』をやることにした。僕も、ベースの弾き語りなんて、人様に聴かせたことがない上に、この楽器のコンディションが最悪なので、その点を踏まえて、複雑なものを避けて、慎重に選曲した結果だ。楽器の調整くらいやんなさいよ。

イントロ、楽器のヴォリュームを少し抑え、ほぼオリジナル通りの、ベースのアルペジオから、ギターの入りも意識して、ヴォリュームを少し上げて、細かいアレンジも入れつつ、一回目のAメロの終わりまで引っ張る。サビは、コードストローク中心で行こうと思ったのだけども、このベースでは和音も綺麗に鳴りそうもないと判断し、ルートと五度のパワーコードを要所だけに使い、後は、ヴォリュームを上げて歪んだ音のアルペジオで盛り上げて、この馬鹿げたセッティングの楽器でも頑張る弾き語りミュージシャンの有様を楽しんでもらうしか無い。この調子で、途中に間奏的なリードプレイもはさみつつ、最後までやり切る。

聴いてくれている人たちの反応は最高で、今日初めてくらいの大盛り上がりだ。やっぱりアンプで増幅した音は違うねえ。

で、先の彼女はと言えば、客の熱狂を背に、ギリギリと、歯ぎしりをしながら、こちらを睨みつけている。そ、そんな目で見るなよ、怖いじゃないか。と思いつつも、そこは余裕を装い、ベースを彼女に返す。

「どうする。まだやるかい?」

僕が訪ねると、彼女は、歯を食いしばりながら、無言で、俯いたまま、顔を挙げずにいる。

「おい。何とか言いなさいよ」

すると、彼女は、顔を上げ、その瞳からは、何と、な、涙が……。そのまま、何も言わず、泣きながら、走りさってしまった。何だ? この罪悪感は……。ふと聴衆の方を見ると、彼らは、一斉に、声を上げ、言うのである。

「いーけないんだー、いけないんだー! おんなのこ、なかせちゃ、いーけないんだー! せーんせいにー、いってやろー!」

このコール、二十歳を過ぎて食らうと、なまら凹むわ……。ただ、唯一の望みというか、せめてもの救いは、彼女が、涙を流しながらも、僕を睨みつける、その気持ちを失っていなかったことである。

そして、この後、いつも通りの間隔で、路上ライブをやりにくることになるのだが、その際、この夜の彼女が、毎回、聴きに来るようになった。ただし、場所を奪いに来て暴言を吐くようなこともないし、何か妨害工作をするわけでもない。ただ、彼女は、僕のライブを聴きに来るのである。

変なのに目を付けられてしまったなあ……。

ヘヴィーメタルに打たれて

あの晩、モアイみたいなメタルギタリストに、ベースの弾き語りでコテンパンにされて以来、あたしこと、設楽絵里は、毎週、アイツのライブに通いつめている。今夜は、三回目だ。

アイツは、毎週水曜日、吉祥寺北口ロータリーの脇、サンロード入口から少しだけ離れた、靴屋の前で、毎晩、夜九時に現れ、ライブを始め、日付の変わった頃に終えて、常連のファン連中と話し込んで、二時頃に帰る。

あの件の次の週は、本気で、仕返しを、リベンジを果たそうとやってきたんだけど、あの晩のあたしが、何かヒントを与えてしまったのか、アイツは、よりによって、アコースティックギターと一緒に、えらくちゃんとした六弦ベースを持ってきて、早速、自分のライブに生かしていた。その演奏に、また、挑む前にやられて、黙って聴いているしかなくなってしまい、そのあとは、逃げるように、コソコソと、引き返した。

さらに、その次の週も、今度こそリベンジを誓ってやってきたが、こんなあたしに、常連のファン、それも女子のファンが優しくしてくれたので、それに免じて、黙って、最後まで聴いて、何もせずに帰ってやった。

そして、今夜である。ライブの始まる一時間前から待機しているあたし。

「ああ、絵里ちゃん、また来てるねえ」

「あ、うん……」

早速、常連に見つかった。

「どう? リベンジの準備は」

「いや、ま、まだ……」

「そっか。まあ、仕方ないよね」

しかし、せっかく仲良くなった常連なので、ちょっといろいろ聞いてみた。

「ねえ、あの……」

「んん?」

「アイツってさ、一体、何者なの?」

あたしも、ただ演奏が上手いってだけなら、これほどまでには、気にしないんだけど、アイツに関しては、ちょっと、異常な部分が多いんだ。

まずは、この客の多さと、その客層。歩道からあぶれんばかりの客が足を止め、その客も、不惑過ぎのサラリーマンから、あたしと同い年くらいの男女まで、幅広く集まる上に、さらに、他の曜日であれば自分たちも弾き語りをして客を集めているようなミュージシャンまでもが、一斉に集まる。同業者にまで注目され、受け入れられるというのは、なかなか、有りそうでないことだと思う。

次に、このファン連中の熱中度。何だ、連帯感が強いっていったらいいか……。それで、彼らのアイツを見る目も、厳しい聴衆の目でありつつも、どこか、暖かく、愛があるとでも言えばいいのか……。何かに似てるんだよな、この感覚。阪神タイガースを見る大阪府民的というか、大泉洋を見る北海道民的というか、そういうものに近い感じがある。割と、長く、真剣に、アイツを追いかけてきた人らの目なんだ。

そして、最後の一点は、このあたしが、聴きに来るたび、どんどん惹きこまれてしまっているという事実! 他人の作った、他人の演奏した音楽に、こんなにも心動かされ、惹かれているというのは、あたしにとっては初の出来事だ。どうしてだ。ちっともオシャレでもないし、ちっともスマートじゃない音楽に、どうして、こんなに惹きつけられるんだ……。これは、おかしい。

「あの人は、アルベルト・グロスマン。通称『アル』。去年の今頃まで、スウェッティング・バレッツっていう、ハードロック、ヘヴィーメタル系のバンドでギターを弾いてた人でね、この近くの、鹿野園ってライブハウスを主な拠点にしてるんだけど」

「へえ。スウェッティング・バレッツ?」

「そう。東京のロック好きなら知らない人はいない……ってくらいの、有名なバンドでね」

「そうなの?」

「アルさんの書く曲とテクニカルで重たいギターが人気になってね」

「ってことは、人気の要因は、全部、アイツだったってこと?」

「たはっ。そうなるね。他のメンバーも技量はあったけど、売りがないっていうか、華がないっていうか……。ステージの上のアルさんは、テク、センスから、佇まいに至るまで、すべてが段違いなんだよ」

この評判を含めて、ここまでの流れを整理すると、あたしはとんでもないのに喧嘩を売った、というまとめでいいのか。やばいな。場所取りに乗じての、路上ライブの道場破り的な方法で、自分の名前を広めようとしたあたしの計画は、いきなり頓挫した。

「頓挫した? そうでもないかもよ?」

「へ?」

「アルさん、褒めてたよ。『性格もひん曲がってるし、楽器のメンテもできないけど、演奏技術だけはちゃんとしてる』って」

「喜んでいいの? それって」

「はははっ。それと『負けを悔しがれる人は、明日を生き延びれる人だ』ともね」

負けを悔しがれる……、ああ、まあ、悔しいけど……。何か、それも嫌味にしか聞こえないような気も……。こんなことを考えてるあたしの表情は、そんなに微妙な表情をしていたんだろうか。常連の彼女は、様子を察して、フォローを入れようと、話を続けた。

「鹿野園にはね、結構、プロのミュージシャンも、お忍び的に、ライブをやりに来たりするわけ。アルさんのバンドもよく、その前座を務めたりしたし、最初のうちは、もちろん、ボロボロだよ。咬ませ犬にもなんない。だけど、他のメンバーが、相手はプロだし、しょうがないって、ヘラヘラ、笑いながら帰っていく中、アルさんは、一人、練習スタジオに直行してたんだ。相手がプロだろうとなんだろうと、板の上では負けたくない。そう思って練習を続けて、自分のやり方っていうのを突き詰めた結果が、絶頂期のスウェッティング・バレッツや、今のアルさんの評価なんだよ」

「アイツの挫折してる姿って、想像できないなあ……」

「まあ、そういう努力の甲斐あって、今じゃ、逆に、メジャーなミュージシャンからも、うちの曲のギターを弾いてください、うちのアーティストに曲書いてくださいって、頼まれる立場になったからね」

「それは、『音楽で飯食えてる人』的な解釈でいい?」

「オーケーです」

ますますダメじゃないか。完全に、絡む相手、間違ってんじゃない、あたし。

「いいんじゃないの? この縁は、絶対に、絵里ちゃんのためになると思うよ」

あたしのために、ねえ……。

「おい、集まりすぎだろ……」

そして、今夜の主役、アルベルト・グロスマンの登場。

「や、早く始めないとな」

背負ってきた、アコギをケースから出し、空になったハードケースに、CDを数十枚並べて入れ、POP代わりのスケッチブックを置き、楽器のチューニングを始める。

前の方にいる客が、ケースの中のCDを覗き込み始める。

「新しいCDできたの?」

「そうなの。良かったら、後で買ってって」

どうやら、中身は、自主制作版のオリジナルCDらしい。

「よし、じゃあ、始めるか」

アコギを抱え、立ち上がったアルベルトは、普段より多く集まった聴衆を見回す。

「やあ、すごいな今日は。誰か、どっかで『呟いた』か?」

笑いながら、一曲目のイントロを奏でる。曲のタイトルは、確か、『Hurt and Distone』。神経質なまでに、痛みと苦しみの表現に拘りきった、速いテンポのリフの繰り返しで、ぎりぎりと締め上げながら突き刺すような一曲。

アルベルトの歌は、上手いか下手かで言うと、そんなに上手くない。シャウト系というか、潰れ系というか、それなりに届く声ではあるけれど、何か、いわゆる『上手いシンガー』のそれとは違う感じ。泣き叫ぶ感情を、喉の辺りで一度押し殺して、リミッタやコンプレッサを掛けて吐き出すような……、神経質でひねくれた印象のある歌声というか……、ああ、なんて言ったらいいんだ……。

肩幅一つ半くらいまで大きく足を広げ、重心を下げて立ち、腰の下辺りまで低く下げて構えたギターを、物凄い速さで掻き鳴らす。あたしのやってきたパンク風のロックにはない、複雑で緻密なギターリフ。それで、パンクの数倍も攻撃的。こんなとんでもないものに煽られた聴衆は、一心不乱に、アタマを振り乱す。差し込まれたギターソロは、メロディーとテクニカルなプレイに溢れ、これもまたあたしたちの熱狂を煽る。

緩急、強弱を織り交ぜるセットリストは、聴衆を飽きさせることなく、様々な波を作りながら、次へ次へと進んでいく。

怒り、苛立ち、痛み、悲しみ、絶望、孤独、虚無感などなど、アルの曲の中の世界には、ろくな物が置かれていない。時々、『愛』らしきものが置かれていたりもするのだけど、こいつも、裏切ってみたり、壊れてみたりする、結構、厄介なオブジェクトで、なかなか一筋縄では行かない。

この進むも戻るも地獄のような世界に、熱狂し、歓声を上げる、あたしを含めた聴衆は、もしかしたら、マゾなのだろうかと、一度、考えたことがある。その時、あたしが思い出したのは、どこかの保険会社のCMの某俳優の、俳優は悲しいから踊るんです、というセリフだ。つまり、アルベルトもそうだし、あたしたち聴衆もまた、負の感情をそのままで終わらせたくなくて、その音に髪を振り乱し、踊るんだ。

あたしが欲しかったのは、この感覚なんじゃないのか。あたしがやりたかったのは、これなんじゃないのか。

濁流のような音の洪水の中、あたしは、自問自答を繰り返していた。

Plans Denied

「……」

あのあと、アルの自主制作盤、二作品をしっかり買って帰ってきたあたし。夜中の三時に家に帰ってきて、そのまま、CDをプレイヤーに掛けた。

一言で言うと、すごい。ひたすら、すごい。路上ライブのテンションをそのままに、本格的なサウンドで、あの楽曲群を、これ以上は無いだろうというくらいのクオリティでパッケージしている。こういうのは、やっぱり、どっかのレコーディングスタジオでやってもらうんだろうか。まさか、自宅録音ってことはないよね?

基本的に、ドラム、ベース、そして、二本のギターとヴォーカルで構成されているアンサンブルは、内ジャケ(これも自作か?)のクレジットを読む限り、すべて、アルベルトによる演奏らしい。それらも、すべて、ギターに勝るとも劣らない、緊張感あふれるフレーズを聴かせているものの、決して曲を邪魔していない。

あまりの凄さに、何度も繰り返し聴いてしまい、気がつけば、パソコンのハードディスクにリッピングしてまでリピートしていた。そして、今、朝の八時。時間のことなんか、すっかり忘れていた。何の用事も無い日で良かった……。

もう眠れるはずなんかない。あんなすごいライブを聴かされた後に、こんなすごいCDを聴いてしまったら、もう、眠気なんか吹っ飛んでしまった。

となると、今度は、空腹が襲うのである。

あたしは、部屋を出て、リビングへ。そこに待っていたのは、姉・友里。二十二歳。フリーのイラストレーター。

「おはよう、絵里」

「おはよう。姉ちゃん」

「……」

「?」

姉は、顔を叛け、挨拶をしたきり、何も言わない。

「どしたの? 姉ちゃん」

「わ……」

「『わ』?」

「わたしの妹が毎週朝帰りを繰り返すほどのビッチなわけがない……」

「ちょっと……。何、どっかのラノベのタイトルみたいなこと言ってんの」

「二十二年間、彼氏なしのお姉ちゃんに対する嫌味ですか」

「しっかりして、姉ちゃん」

「どこのイケメンにヤラれてきた」

「実の妹に吐くセリフか? それは」

「じゃあ、何してたの」

「路上ライブを聴きにいってましたよ。アルベルト・グロスマンっていう、すごいギタリストがいてさあ」

「アルベルト・グロスマン!」

「何!」

姉は、突然、その名前を繰り返したかと思うと、突然、自分の部屋に駆け込んだ。何があったんだろう? 姉の部屋からは、部屋中をひっくり返すような騒音が。

やがて、出てきた姉は、高校の卒業アルバムを、小脇に抱えていた。

「絵里、絵里! その、アルベルト・グロスマンって、この人?」

姉が開いたページの、一番最初に、いきなり、あの、アルベルト・グロスマンの顔写真が……。え? なにこれ? どういうこと?

「アルさんは、わたしの高校時代、三年間同じクラスだったの……」

「マジで?」

「うん。アルさんはカッコ良かったし、成績も良かったし、面白かったし、男子からも女子からも大人気でね」

「もしかして、惚れてた?」

「……」

「図星?」

「内気で奥手だったお姉ちゃんは、何も言えないまま、今に至るわけですよ。そういう姉の心の傷をあなたはね……」

「ごめん、ごめん。何? ってことは、今でも好きなわけ?」

「当たり前でしょ。ねえ、アルさん、今、何してんの?」

「あたしの聞いた話だと、去年までバンドをやってたけど、今は、ソロで活動をしつつ、あっちこっちのミュージシャンのレコーディングでギターを弾いたり、曲を提供したりしてるみたいだよ」

「ってことは、あの、スウェッティング・バレッツってバンドは? 解散?」

「知らない。そこまでは聞かなかった。そんなに気になるなら、姉ちゃんも、ライブ聴きに行けばいいじゃん」

「え?」

「毎週水曜に、吉祥寺の駅前で、夜中にやってるよ」

「そうなの?」

「うん。あたしも、ここんとこ毎週聴きにいってて、昨日なんか、アイツの自主制作盤買ってきちゃたよ」

「絵里さん。たけのこの里と交換でどうだろう?」

「あげないよ? 貸してあげるくらいならいいけど」

「それでもいいです。お願いします。きのこの山もつけますからお願いします」

「チョコ攻めか」

「クッキーだって付いてるわ!」

「うるさいわ! んじゃ、後で貸してあげるよ」

「うん。さっきは、ビッチ扱いしてごめんね」

「許してあげてもいいよ」

「絵里さん……!」

「ただし、条件がある」

「何?」

「ちょっと、あたしの悩み事を聞いて欲しい」

「聞こうじゃないか」

実は、この時、あたしは、こんなことを考えていたのである。それは、アルベルト・グロスマンがやってるようなヘヴィーメタルを自分で作りたい、という構想だったのだけれど、よくよく考えたら、これは、ものすごく遠回りだという事に気がついた。あたしにアレだけ緻密なギターリフを書く能力はないし、それどころか、ベースしか弾けない。こんな状態のあたしに、アレを超えるものを作るのは無理だ。

となると、次に考えるべき構想は、アルベルト・グロスマンとバンドを組みたい、だ。

しかし、思い出して欲しい。あたしは、こともあろうか、その相手を、初対面で、『天パモアイ』呼ばわりしてしまっている。あちらから見たあたしの印象は最悪だとも言っていい。

ここまでを話すと、姉は、大きく息をついて、話を遮るように言う。

「ふむ。話はなんとなく読めた。それより、絵里。歯を食いしばりなさい」

「何でぶつの」

「アルさんを『天パモアイ』だなんて……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「で、絵里は、アルさんと同級生で面識もあるであろうあたしに、その間に入って欲しいと、そういうわけ?」

「そういうわけ」

「なるほどね。結論からいうと、無理」

「何で」

「忘れた? 高校時代のお姉ちゃんは、重度のコミュニケーション障害を抱えてたたわけ」

「それで?」

「そんなわたしが、あのアルさんと、まともに会話できてたと思う?」

姉は、当時の酷い有様を、切々と、語り始める。

「例えば、当時、美術部員だったわたしに、アルさんが話しかけてくれた時のこと……」

その時の姉の心境は察するにあまりあるけれど、それにしたって、そんな酷い結末に至るとは考えづらいのだが、ともかく、アイツは、姉に、こんなふうに声を掛けてきたらしい。

『お? 何だ? 友里。絵ぇ描いてんのか? おお? すげえ! なまらうめえ! おい、すげえな』。

何で北海道訛りなのかが気になるけれど、ここはツッコミどころではないはずだ。先に進もう。それを受けて、姉。

『あ、ああう、あ、ああ……ああ……』。

ダメだ。完全に危ない人の反応だ。

『お、おい、友里、なした……?』。

それは心配するわ。で、完全にテンパった姉は、どうしたかというと……

「泣きながら走って逃げた……(泣)」

ダメだ。この人、ダメだ……。

「仕方ないでしょ。他のクラスメイトとさえ、ひとっつも会話できないのに、あのアルさんに、あんなふうに話しかけられたら、どうしていいか分からなくもなるわよ」

「分からなくもないけど、それにしたって無いわ」

「でも、アルさんは、そんなわたしにも、その後も、ちょくちょく声を掛けてくれたし、仲良くしてくれたんだけどね……」

「苦労してんなあ。アルベルト」

「返す言葉もございません」

あたしは、おとなしく、姉に頼る作戦を諦めた。これは、しょうがない。この間のことを謝って、話を聞いてもらうしかなさそうだ……。

「役に立たないお姉ちゃんでごめんねえ……」

審判は水曜日

そして、翌週の水曜の夜、あたしは、いつもの場所で、アルベルトを待った。

「うわあ……。ドキドキするよお……」

例の姉と共に……。

もちろん、あたしと姉の用件は、もはや、全く別件。あたしの用件はアルとバンドを組みたいというだけだし、姉は、(主に、姉側の問題によって、)まともに会話できる確率さえゼロなんだけども、とにかく、アルベルトに会いたいというだけだ。

「だ、大丈夫。もう、わたしは、内気で奥手なコミュ障じゃないんだから!」

多分、その根拠は、本人の中にもない。あるとすれば、仕事でクライアントの人とも会ったりしてるし、それなりに人とも話せるようになったんだ、というだけの話で、そこに、ノスタルジックな片思い、なんていう甘酸っぱいものが乗っかってきた時に、どこまで通用するかは、本人もわかっていないと思う。

おい、姉。練習しておくか?

「何の練習?」

「アルに会った時の挨拶の練習とか」

「何いってんの。だっ、大丈夫だもん」

「あ。アルだ」

「うわあああああ」

ダメだ。何も成長していない。あたしの背中に隠れた姉だったが、あたしの『あ。アルだ』が嘘だと分かると、「べ、別に、緊張なんかしてない」などと平気で嘘をつき、誤魔化す。

「姉ちゃんさ、そんなんじゃ、振り向いてもらえないよ?」

「う……」

「見てみ? ここに集まってる、アルのファンたち。これだけ女子がいるわけ。もちろん、中には、アルのことが好きで好きでしょうがないって子たちもいるわけだ。あたしの言いたいことは分かるでしょ?」

「こ、ここは……戦場……」

「そうだ。その戦場の最前線で、そんなモジモジしてて、生き残れると思う?」

「大佐……。わたしは、一体、どうすれば……」

「いい? 姉ちゃんは、アルの同窓生なんだよ。つまり、ここにいる他の子たちより近くにいたっていうアドバンテージがある」

「あ、あ、アドバンテージ……」

「そう。そのアドバンテージを活かすためには、まずは、きちんと声を掛けなさい。まるで人が変わったように明るく振る舞う必要なんか無い。ただ、きちんと、会話……、いや、会話が無理なら、相槌くらいは打てないとダメだ」

「え、ええ……。ハードル高いなあ……」

「大丈夫。それに、妹のあたしが言うのも何だけど、姉ちゃんは綺麗だ」

「ちょ……、絵里、いきなり、何を……」

「高校ん時の姉ちゃんは、ボサボサ頭で、黒縁メガネで、冴えない感じだったけど、元々の顔立ちは可愛いし、背も高いし、スタイルもいい。おまけに、今日は、あたしのコーディネートで、服もメガネもキメてきた。怖いものなんかない」

「絵里……、絵里ぃ……」

何だか、姉の世話ばかりになってしまっているんだけども、あたしにだって、やらなきゃならないことはあるんだ。……とはいえ、あたしは、どうも、この姉を放置できない……。今夜は忙しくなりそうだ……。

「いやあ、お待たせ」

そして、今夜の主役、アルベルト・グロスマンが現れた。

一斉に駆け寄る聴衆。何だか、毎週、人が増えてきてるように見えるのは、あたしの気のせいではないはずだ。あたしと姉は、上手いこと、その最前列に場所を取る。楽器のチューニングを合わせながら、人だかりを見渡し、そして、姉の顔を見て、動きを停めるアル。

「な……、気のせいか? 何だか、えらい懐かしい顔が見えた気がするんだけどもねえ……」

「き、気のせいではないです……よ……」

「やっぱそうか! おい、友里! お前、今、何してんのよ!」

「あ、ああう、あの、い、イラストのお仕事を嗜んでおります……」

“お仕事を嗜んで”いるのはおかしい。ツッコもうと思ったけども、そのツッコミで、せっかく上手くつながった会話のキャッチボールを断ち切ってしまうのも憚られ、黙っている。

「やあ、そうか! まあ、後で、積もる話でもしようや!」

「は、はひ!」

緊張のあまり、姉の『はい』はひっくり返る。次に、その隣に、あたしを発見したアルは

「よお。君も、また来たな。僕ぁ、いつだって、挑戦を受けるぞ」

「の、望むところだあ」

通いつめて四回目、いきなり声を掛けられたので、リアクションの準備ができておらず、棒読み口調の返事を返すにとどまってしまった。

「よし、じゃあ、やるか。……はい、皆さん、お待たせ。ご存知ぃ、アルベルト・グロスマンでぇ、ござい、ます!」

「うぉおおおおおお!」

「一曲目、行くぞ! 『Broken Sun』!」

その日も、通常運転のアルベルトのライブ。日に日に大きくなる熱狂の輪は、地鳴りのような足踏みを鳴らし、狂気の一夜を加熱させる。凡そ三時間のフルセットを、嵐のように駆け抜けていった。

そして、夜中一時。すべてを終えた後の、CDの売り子に徹するアルベルト。

「や、マズイな。どんどん、売り切れのペースが早くなってる……。十五枚づつでは足りないな……」

アルの実感する通り、二タイトルの十曲入りフルアルバム——一枚一五〇〇円。——は、先週の二倍のペースで売り切れてしまう。ペコペコと頭を下げるアルと、また聴きに来ますと笑顔で返す客の列。姉は列に並ぶことを断念し、その『お詫び会』が終わるのを待った。

「いやあ、次は、三十枚焼いてこないとダメか……」

最後の客に頭を下げ終え、あたしたちの元にやってきたアルベルト。

「スマン、スマン。待たせてしまったな。それにしても、こんなところで、友里に会うとは思わんかったな。何だ? どこで知った?」

「い、いも、妹から聞いて……」

あたしを指さす姉。姉の指差す先を目で追って、あたしにたどり着いたアルは、「いも、妹? 君、友里の妹さんだったのかい?」と目を丸くする。

「そうよ。……姉ちゃん。聞いて聞いて。こいつ、あたしのこと、性格ブスって言ったの」

「や、やめれ、バカ。チクんな。ってか、最初に、天パモアイつったのは、そっちだろぉ」

「絵里が全面的に悪い」

「ちょ……、姉ちゃ……」

「友里は、そういうところ、分かってくれる人なわけ」

なんてことだ。姉妹の絆って何だろう……。

「にしても、久々だなあ……。うちのクラス、同窓会とかやらないものな。もう四年ぶりか?」

「うん……。アルさんも、まだ、頑張ってたんだね……」

「そうなの。バンドが無くなったくらいでへこたれてるわけには行かんものな。友里は、あれか? イラストの仕事っていうのは、フリーランスかい?」

「うん、あの、えと、フリーで、色んな雑誌に……、って言っても、大きいお友達向けの、アニメ系の雑誌ばっかりだけど……」

「おお。すごいじゃないの。アニメヲタクっていうのは、作画がどうとかウルサイって言うけどもさ、そういう相手向けの仕事が取れるっていうのは、やっぱすごいよ」

「あ、あ、ありがと……」

何だ。案外、上手くいってるじゃないか。しかし、あたしは、この間、完全に、アウト・オブ・モスキートネット——蚊帳の外。——だ。

「あっ、あっ、あのっ、そ、それとね、アルさん……」

「んん? 何だい?」

「うぅ、うちの妹、絵里がね、あ、アルさんに、話があるって……。聞いてあげてほしいんだけど……、ダメかな……?」

姉なりの気遣いなのだろうか、話をそこそこに切り上げ、あたしに話を振ってきた。

「お? 何だい?」

まあ、こんなところで、突然、話を振られても、いきなり本題を切り出すのは、とても気まずい。あたしが、あの日、アルに浴びせた暴言の数々を思うと、やっぱり、気が引ける……。

なかなか話し出さないあたしに、アルも気がついたのだろうか

「まあ、いろいろ言いたいことはあるけどもねえ。しかし、友里がこう言うんだ。すべてチャラにして、まずは、君の話を聞こうじゃないか。言ってごらんよ」

姉ちゃん。戦力外みたいに言ってごめんね……。この場は、姉の勇気とアルの言葉に甘え、思い切って、話を切り出した。

アルとバンドを組みたいということ。アルのやっている音楽を一緒にやりたいということ。この結論に至るまでの、あたしの感じた心境の変化と、それがすべて、アルの音楽によって与えられたものだという事も、すべて。

あたしの話を最後まで、何も言わずに聞いたアルは、おもむろに息を吐き、んん、まあ……と、言葉を返してきた。

「そういう事なら、やってみるかい?」

望んでいながらも、思いもよらなかった一言に、呆然と立ち尽くすあたし。

「ひとまず、演奏技術の問題はない。それから、この間の一件に至るまでの考えも、他の常連から聞いた。決して賢いやり方だとは思わないけども、まあ、何と言うか、何かに向かって挑んでいこうという気持ちは買った。一連の暴言こそ許せないものの、当たって砕けて『悔しい』と思える人なら、一緒に前に進んでいけるはずだ。君を拒まなきゃならん理由はない」

「あ、ありがとう……」

「ただ、君は、楽器の手入れと調整をちゃんとしろ。せっかくフェンダーUSAのベースなんか持ってるくせに、すべて自分で台無しにしてる。今度、使ってる楽器、全部、もってこい。調整しなおしてやる。あんな状態の楽器でまともな演奏ができると思うな」

「は、はい……!」

「よし。ああ、そうだ、えっと、連絡先、交換するぞ」

「そっか。うん。えっと……」

「僕の番号とメアドは、これな」

「うん。今、掛けていい?」

「ああ、いいよお。……お? これか?」

「うん、その番号」

「オッケー。……友里、君、番号変わったか?」

「あ、えっと、変わってない……けど……、メアドが……」

「おお。じゃあ、メアド教えてくれ」

「……え?」

「え?って何よ。せっかく久々に会ったんだし、何かあったら、ちょくちょく連絡するぞ?」

「う、うん……! えっと、これ……」

「お? Gmailか。だったら、PCから送っても問題ないな」

「だだだ、大丈夫です……」

「んで、絵里、君の方は、俺のドメインから送るメールの受信を許可設定しといてくれ」

「わ、分かった!」

「したら、僕ぁ、もう帰るけど、君らは?」

「ああ、あたしらも、帰……」

ここで、重大な事実に気がついてしまった。終電が終わっている……。普段は、五〇c.c.の原付、スーパーカブで、ここまで来ていたので、終電なんか気にしなかったんだけど、今日は、姉を連れていたがために電車で来ていたということを、すっかり忘れていた。あ、歩きか……。

「えっと、家は、まだ、西国分寺の実家かい?」

「うん……」

「だったら、送ってくぞ。車で来てるから」

「マジっすか」

「ああ。ほら、行くぞ」

Appendix: Let me introduce myself

「んん? 北海道訛り?」

「そう。言葉のアクセントが北国っぽいし、姉ちゃんの回想にも、『なまら』とか言ってるあんたが出てくる」

「僕ぁ、中二の夏頃まで、北海道の江別にいたからな」

「江別?」

「札幌のちょい上さ」

「へえ。それでかあ……。そんな洋風な顔立ちをして、変に訛ってるからさ」

「そうかも知れないね。まあ、こればっかりは治らんぞ」

「アルさんは、えっと、確か、お母さんがドイツの人だったよね……?」

「そう。昔は、親父側の姓を名乗ってたんだけど、両親が離婚してから、今の姓に変えてな、それで、こういうことになってるわけ。髪も顔立ちも、ほぼ、母親からの遺伝だな」

帰りの車中、あたしら姉妹は、アルベルトを質問攻めにしていた。

「あ、アルさん、あの、バンドは……? あの、スウェッティング・バレッツっていう……」

「ああ、あれはね、追い出されたの」

「お、おお、追い出された?」

「そうなの。あの、小諸哲雄って知ってるかい? テクノとかユーロビート系の音楽やってるプロデューサで、少し前まで、田原智美とか、金城奈美恵とかプロデュースして、TKサウンドだ、TKファミリーだなんっつって持て囃されてた……」

「知ってるよ。その小諸がどうしたの?」

「あいつがさ、うちのバンドをプロデュースしてメジャーデビューさせたいっつってきたのさ」

「でも、あんた……」

「そうだ。僕らは、ヘヴィーメタルバンドだ。それをね、あいつァさ、無理やり打ち込み系のバンドに仕立てあげて、どこの誰とも分からん女の子の歌い手を入れてだ、自分好みのバンドにして売り出すって言い出したんだ」

「ふむ。んで?」

「僕ぁさ、そんなもん、バカ、お前、自分たちの曲もやれんし、そんなんで売れるかどうかも分からんのに、どうすんのよっつったわけ。したっけ、あいつら、『文句があんなら、お前、クビだ』っちゅうわけさ。もう、えれえ金額の契約金に目が眩んじゃってるもんだから、まともな考え方が出来んようになってたんだな」

「あらら……」

「なもんだからさ、俺も、ああ、上等だっつって、飛び出してきて、このザマさ」

「その、スウェッティング・バレッツは、もうデビューしたの?」

「いいや。ほら、メジャーデビューするってなると、その前に、レッスンだ何だってやらされたり、その上、組まされるシンガーも誰だか分からんような奴を充てがわれて上手くいかんこともあるだろうし、デビューまでのスケジュールも小諸次第だろ? もう少し時間掛かるんでないのかな。ちなみに、バンド名は俺が取り返した。向こうも使わんって言うからさ」

「なるほどねえ」

「まあ、あいつらは、バカだけど、それなりに、演奏技術だけはあるから、何とかなんだろ」

「ちなみに、契約金て、いくらぐらい?」

「んん。頭の数字の後ろにゼロが六つぐらい繋がってたな」

「おお?」

「でも、バンドのメンバーで分けんだぜ? 一人あたまいくらよ? あんな端金で、自分のやってきたこと曲げてしまうのも、何か嫌だったからさ」

そこまで話し切ったアルは、ルームミラー越しに苦笑。

「何も知らん人から見たら、バカでねえかって言われんのは分かってんだけどもさ」

本人は、そう言うけれど、あたしは、この手のバカは嫌いじゃない。それどころか、割と好きな方だ。

「いやあ、しかし、そうか。ベースが見つかったか。後は、ギター弾きながら歌う奴と、ドラムがいればいいんだな」

「ふふ。そうだね」

「ああ? 何笑ってんのよ?」

「何でもないよ」